「仮ぎめ」の効用、おすすめの考え方

思考力トレーナーの永江です。
我々が何かを決断するときには、事柄の大小があります。人生を左右するような決断は大きい方です。今日の晩ごはんのメニューをどうするかというのは、比較的に小さい方になるのではないでしょうか。よっぽど大きいことや切羽詰まっていることは別として、日常のほとんどの判断や決断は小さい方に入るのではないかと思います。

作文が書けない子

学習塾で作文を指導していると、テーマが与えられたとたんにスラスラを書き出す子もいれば、なかなか書き出せない子もいます。書き出せない子の頭の中は、そのときにどういう状況になっているのかと考えたりします。

いくつかのパターンに分類できるように思うのですが、その中のひとつとして「これ、書いて大丈夫なのかな?」という不安があって書けないケースです。この場合は、頭の中にあるものを紙に書いたとして、それでOKなのだろうか、失敗にならないだろうか、そうしたらまた書き直しになるのではないだろうか、などといろいろな不安があるようです。その不安が払拭できないので書けないわけです。

不安で動けないのは大人にもある

何かをやろうとしたときに、「やるという判断」をして行動に起こします。そのときに、「本当にそれで大丈夫だろうか」「失敗するのじゃないかしら」「失敗したらやりなおし」というふうに考えてなかなか行動できない人がいます。これは子供にかぎったことではなく大人にもあって、同動力の有る無しとなって現れている場合も多いです。

程度の差こそあれ多くの人にある事象なので、そのこと自体が悪いわけではないです。でも、その「程度」がひどいと何もできないという結果になります。そういう人には、「仮ぎめ」という考え方をお勧めします。

「仮ぎめ」なので変更してよい

最初に書いたように判断する事柄には大小があります。そして、我々の判断事項のほとんどは小さいです。それほど大きくありません。であれば、その判断は「仮ぎめ」としてあくまでも仮のものだとします。だから、うまくいかないときには再度の設定をすればいいんです。

失敗すること自体、そもそも仮ぎめなのであって当たり前。「じゃあ、次のプランを考えよう」というくらいの軽いノリで大丈夫です。だって、それは人生を直接に左右するほど大きなことではありませんから。だから、行動力がないとか、なにか行動を起こすのに時間が掛かってしまうという人は、その後で変更してよいという大前提をもって「仮ぎめ」をしてみましょう。

 

この話の中には、そもそもどっちでもいい、ということや、人生のたいていのことはやりなおせる、ということが含まれています。