言葉のニュアンスが人によるからこそ、定義を意識して伝える【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
幅広く、お子様から職業人のみなさんまで、人材育成のためのお仕事をさせていただいています。

先日、ある企業の社長さんが「一生懸命に話しているつもりなのに、どうも自分の意識や考えが伝わっていないように思う。」とおっしゃっていました。私はその社長さんが会社でどういうことをおっしゃっているのか存じていないのすが、「ひょっとしたら」ということでひとつのアドバイスをさせていただきました。

同じ言葉でも受け取るニュアンスが人によって異なる

それは、同じ言葉を使ったとしても、その言葉に対して受け取るニュアンスが人によって異なる場合がある、ということです。

たとえば、「うちの会社、ピンチだね。」とAさんが言ったとします。Bさんはそれを聞いて、「会社が倒産の危機!どうにかしなきゃ!」と慌てふためくかもしれません。でも、実はAさんが言った「ピンチ」とは、今月の営業成績がライバル会社に負ける可能性が大きいということでした。だから、倒産するほどの危機ではないけれど、「ピンチ」という言葉を使ったということ。

同じ「ピンチ」という言葉を使っているのですが、どのていどの危機が訪れているのか、言葉から受け取る二人のニュアンスが異なるので理解や意識にズレが生じてしまっています。こういうふうに、言葉のニュアンスのズレが意識のズレになってしまうことは意外と多いように思います。

言葉で伝えるなら言葉を大切に

社長がスタッフになにかのメッセージを伝える方法はいろいろあります。実は就業規則などのルールによってもメッセージを伝えられます。でも、ふだん、一番に多いのはやっぱり言葉によるメッセージだと思います。会社の理念、会社をとりまく状況、従業員にどうあってほしいか、などなど、いろいろなメッセージを言葉で発します。

我々、人間は、メッセージを言葉で伝えるとき、同じ言語体系の人どうしならきちんと伝わると勘違いをしがちです。分かってもらえないときにもどかしくて「なぜ分かってくれないの!?」と思うのは、分かってもらえるものだと思いこんでいるからです。でも、それがなかなかそうはいかないから言葉を丁寧にあつかい、ニュアンスレベルで整えていく必要があります。

社長からのメッセージでは言葉の定義を共有する

業界によって、会社によって、文化がちがうので、そこも言葉のニュアンスがズレてしまう要因になります。他業界から転職した人が、ある言葉の意味が思っていたのと違ってとまどうという話はしばしば聞きます。個人レベルでは生活環境などのプライベートな要因も言葉に持つイメージに影響するでしょう。

だから、社長からのメッセージは、その言葉のニュアンスが聞いているスタッフと同じかどうか注意しましょう。できれば、当たり前のように使っている言葉こそ、その定義をしっかり明確にして、定義や意味を共有して、それからメッセージ中の言葉として使ってください。ちょっと面倒な作業になるかもしれませんが、勘違いしたまま進むより良いと思います。

 


 


自分の要求があるからこそ、相手への気遣いを忘れないようにしたい

思考力トレーナーの永江です。
私が学習塾のスペースとして使わせていただいている湖北地区会館は、地域の人たちがいろいろな目的で使用されます。だから、私が使っている部屋とは別のスペースを使っている人たちと接して挨拶を交わすこともあります。

昨日の学習指導が終わった頃、「すみません」と男性の声がして私と同年代くらいの方が部屋の戸を開けられました。他のスペースを使っていらっしゃる団体さんの職員の方で、私が使っている部屋にしまってある座布団を使わせてほしいとのことでした。お集まりになる人数に対してそのスペースに用意してある数では足りなかったようです。そして、私が使っていた部屋の押入れには、他の部屋で使うかもしれない座布団の予備が保管されています。

入ってこられた男性は、私に大丈夫かどうか確認をされてから一緒に運ぶために他のスタッフの人を呼び入れました。これって意外とちょっとした気遣いができていることなんですよね。つまり、私の許可を得るまでは他のスタッフを呼び入れることをしない。私の判断や許可を尊重してくれているということです。男性たちが出ていかれてからそのことに気づいて、見習うべきことがあるなと、考えました。

相手に何かを求めるときには、どうしても自分が持っている要求が先にアタマに浮かびます。そのイメージを解決するために相手に対してのアクションをとります。だから、どうしても自分が中心。でも、それだと相手への気遣いを失ってしまう可能性があるから注意したいです。自分の要求があるからこそ、相手を尊重して、相手の気持ちも気にした言動をとっていきたいものです。

 


 


無駄を無駄だとスタッフは気づかないかもしれない【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
前回の投稿では、「人が足りない!」と感じたときに、もしかしたら仕事の無駄を削ったら人材不足が解消するかもしれない、というようなお話をさせていただきました。では、この、仕事の中にある無駄を従業員=スタッフは分かっているのでしょうか。

みんな一生懸命に働いている

不真面目で怠惰なスタッフが居る場合は実は話が簡単です。その人に指導をし、場合によっては改善が見られないときに辞めてもらうという選択ができます。でも、従業員の一人ひとりが真面目にやっている、あるいは少なくとも個々人の意識としては一生懸命であるときに、無駄があったとしても気づきにくいです。

仮に手待ちの時間帯があってその間の生産がないとします。その場合も、1日とか1週間という全体で真面目に働いているという思いがあれば、やっぱり「自分は一生懸命に真面目にやっている」と感じていると思います。このときの感じ方は、「一生懸命にやっているから無駄などあるはずがない」というものです。これは、無駄があるということがすなわち、自分が悪いことをしているという感覚になるからかもしれませんね。

無駄の把握は淡々と、人を悪者にせずに

「無駄」という言葉に対して、その対象となる人を悪く言うという感覚を持ってしまうのは仕方のないことだと思います。でも、無駄の把握はやっぱり必要です。だから、「あなたの仕事にこういう無駄がある」という指摘にならないように注意するのが良いです。

たとえば、「時間あたりの生産性を向上させたい」とか「手待ち時間に価値をつくりたい」とか、なにがしかポジティブな表現を考えます。具体的な言い方については、企業や現場によって変わるから、上記のものはあくまでも一例です。無駄の把握は淡々と客観的に行うべきであり、そこで人が悪者にならないような配慮をしてみましょう。

 

人は、なにか評価の類の言葉に対して感情をどうしても持ってしまいます。こっちが非感情的に、論理的に、客観的にと思っていても、相手がそうとは限りません。むしろ感情を排除するのはなかなかに難しいです。だから、そのことをアタマに置いておいて、どういう伝え方、表現の仕方がよいか考えることが大切なのではないでしょうか。

 


 


人が足りないのか、仕事に無駄があるのか【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
北陸地方は人手不足が顕著で、有効求人倍率も全国平均を上回っているそうです。企業の人事担当さんのニーズとしても人材育成よりも、まず採用を優先するという傾向があるそうです。

人員不足を感じるとき

今いるスタッフで10の仕事をしているとして、そこにプラス2の仕事のオファーがあったら、1.2倍くらいなら残業でなんとかしようとするかもしれません。でも、プラス5、プラス7と増えていきそうに思えたら人員の補充、つまり採用を考えると思います。単純に、人数によってまかなえる仕事量に対して、受注の見込みが大きくなってきたら人員の補充を考えるでしょう。

あるいは、事業の拡大を想定したら、とうぜん今のスタッフでは不足するでしょうから、育成期間のことも考えてあらかじめ人員を増やしておくということも考えられます。この場合は、当面の人員不足というより、未来においては今のままでは不足するという予測からくる対応です。

本当に人が不足しているのか、仕事に無駄はないのか

人員の不足を感じたときに、人材の採用で対応しようとするのは自然なことです。でも、どんなに急いでも人員の充足には週単位、場合によっては月単位の期間が必要です。どうせそれくらいの時間がかかるのなら、その間に、仕事に無駄はないのかという検証をしてみることをお勧めします。

現場でいつも頑張っている自覚のある人は、仕事に無駄がないかと問われると「そんなことありません!」と強く反発するかもしれません。でも、仕事の無駄というのは、その仕事の近くにいる人の「感覚」では測りづらいものなのです。自分自身の感覚では一生懸命にやっているつもりだから無駄なんて考えられない。こういう考えは当然といえば当然です。

仕事の効率性は客観的に数値化する

生産性や効率性については、経営分析の中でいろいろな指標が登場します。そのいずれもが、客観的であり数値化された指標を活用するよう教えてくれます。一人あたりの付加価値の創造度合いや、チーム単位での生産能力など、単位やカテゴリ設定でいろいろ考えられます。

経営の中で人に対する部分は数値で表せない要素もありますが、こと仕事に無駄がないかどうかという部分は、逆にドライに客観的にし考えたほうが良いです。そうしないと、「がんばっているよ!」という非常に感覚的な一言にじゃまをされて正しい状況判断ができません。数値化をする。そのために客観的な方法をとる。

 

仕事の効率や生産性を明確にすることは、最終的には一人ひとりの従業員がゆとりを持って働くことにもつなげられます。別に効率の悪さをあげつらって糾弾するのが目的ではありません。新しい人を採用するとそれなりに現場にも負荷がかかるし、もしかしたら会社全体の人件費割当を考えると既存スタッフの給料にも悪い影響があるかもしれません。

採用を止めるのがいいとまではいえませんが、採用を考えるときに、同時に、仕事の無駄についてもちょっと考えてみてはいかがでしょうか。

苦手なこと、できないこと、細かく分解して考えてみる【加賀市 片山津 学習塾】

思考力トレーナーの永江です。
加賀市片山津地区にある湖北地区会館で「こほく寺子屋」という学習指導の塾をやっています。

「分からない」ということの細分化

たとえば算数の指導をしていると、生徒さんが「分からない」と言ってくることがあります。そうするとどこが分からないのか確認して教えようとするわけですが、このときに注意していることがあります。それは、「分からない」ということの細分化を考えるということです。

割り算が分からないと生徒さんが言っているとします。割り算を普段から何気なく使っている我々は、このときに「割り算がわからない」という大きなくくりでそのことを捉えてしまいがち。でも、子どもが分かっていないところ、理解できていないところは、もっと細かな、「割り算」というものを構成するひとつの要素だけかもしれません。

物事を構成する細かな要素

たとえば「割り算」は、数の概念があって、大きな数の中に小さな数があるという考え方があって、その小さな数を大きな数の中で何回繰り返せるか、という考え方で進んでいきます。さらにいえば、数の概念の定義ももっと細かくできるだろうし、数の大小の比較や、小さな数をくりかえすときに同じ大きさとしてくりかえさなければいけないことなど、アタマで理解したり覚えておかなてくてはいけないことは実はかなりたくさんあります。

どんな事柄でもそうですが、あるひとつのことは、それを構成する細かくてたくさんの要素からできています。そして、その全体のことが分からないという結果にいたる理由として、どこかひとつの要素だけが分からないということも考えられます。その、小さなひとつが理解できることで、いきなりパッと全体の理解ができることも実際にあります。

何が苦手で、何が分からないかを掘り下げる

とかく我々は「数学が苦手」とか「英語が分からない」と大きくまとめてしまいがちです。でも、数学のなにが苦手なのか、英語のなにが分からないのかと掘り下げる必要があります。さらに、数学の計算系が苦手だったとして、数そのものの理解が苦手なのか、四則演算なのか、正負の考え方がよくないのか、そして、それらを考えたあとにもっともっと細かく分解して、どの要素に課題があるのかを確認していったほうがいいです。

「分からない」ということや苦手なことを克服したり解決したりするならば、対象をどんどん掘り下げましょう。掘り下げて細分化し、できるだけ細かくて小さな単位にしてから、その部分の克服や解決を考えます。そうすると苦手なことだけじゃなくて、分かっていること、できていることも見えるようになってきます。

社長の視点から、どこまで下に落とした伝達ができるか【零細企業の人材育成】

人事系コンサルタントの永江です。
社長は従業員とは違う視点を持っていて、それはより高いところから俯瞰で見る目のことになります。従業員がこの視点を持つことは極めて難しくて、通常はそのまま説明して分かってもらえるものではありません。だから、あるていどの規模をもった企業の場合は中間管理職があって、この人たちが社長の視点を現場スタッフの視点をつなぐ役割を担います。

零細企業は中間管理職が居ない

形式上のことを除いて、零細企業には「中間」管理職が居ないことが多いです。要らないことが多いというのが正解でしょうか。とにかく社長から末端のスタッフ、従業員までの距離が、物理的にも精神的に近いです。

だから社長から直接に指示を受けることがしょっちゅうだと考えられます。社長の考えを伝えるときも直接のことになるでしょう。基本的には、間に誰かを挟まずに、まさに社長の言葉で思いや指示を伝えることになります。

視点が違うから言葉が通じないことがある

直接の言葉で伝えるなら言いたいことがちゃんと伝わるかというとそうではありません。持っている視点が違ったり、ふだんから考えていることがちがったり、価値観がちがっていたりすると、言葉の定義やニュアンスすら異なり、そのまま伝わらないこともザラです。これは誰が悪いとかではなく、生きている世界が違うから仕方ないことだと思ってください。

下の経験しかないなら上の視点は持てない

視点の違いがあると言葉が通じないことが大いにあるわけですが、片方がもう一方の視点に切り替えることができたら通じるようになるはずです。ところが、被雇用者、つまり会社に雇われて働く従業員スタッフとしての経験しかない人に、経営の視点を持てというのはムリがあります。行ったことがない場所、写真やなにかでも見たことがない場所、そういう場所の風景は想像するしかないように、社長が持っている視点は現場スタッフにとって、せいぜい空想するのがせいいっぱいで不正確なのです。

逆に、経営者の視点を持っている社長が下の視点を持つことは可能でしょうか。これも決して簡単ではありませんが、どちらかというとこっちがまだ可能性があります。なぜならば、社長も現場の経験があるだろうし、かつては末端の従業員であったからです。(まったくそういう経験がない場合は別です)

伝える言葉としての視点を落とす

現場スタッフに社長の考えを伝えるときに、言葉が通じないことが多いと書きました。でも、そのままでいいわけはなく、できるだけ伝わるように工夫や努力をすることも大切です。考えや視点そのものを落とすと社長の役割を果たせなくなるから、伝えるときの言葉えらびとして、下の視点のためのものを考えます。社長が持っている視点での考えや方針や指示を、下の目線から見ても理解や納得ができるようにするわけです。この言葉えらびは作文技術としても簡単ではないかもしれません。でも、あなたが考えていることを有効にスタッフに伝えるために、必要な心構えとして考えていただけると嬉しいです。

 


 


セミナー「良い先生だなぁ、と思える講師のみなさんを分析してみたら」

思考力トレーナーの永江です。
こんどセミナーを開催することになりました。今日の記事はそのご案内です。

セミナー概要

タイトル:良い先生だなぁ、と思える講師のみなさんを分析してみたら
日付:2019年7月21日(日)
時間:16時30分〜18時30分
場所:北陸ガールズスクエア(金沢市長田本町チ22-2)
対象:講師や先生業をされている人、これから開始しようと考えている人

今のところお申込みはFacebookイベントでのみ受け付けていますが、このサイトのフォームからご連絡をいただいても大丈夫です。
Facebookイベントのページ
オフィスまなぶきお問い合わせフォーム

経緯

経緯というほどでもないのですが……。会社を退職して独立をして、すぐに講師としての仕事を始めさせていただきました。でも、もちろん、すぐにバッチリな指導や講座ができるようになったわけではありません。「ちょっと分かりにくかった」と講座の後に言われたときは、他にもそう感じている人が、言わないだけで、けっこういらっしゃるのではないかと考えました。生徒さんの成果が実際に上がらないという経験は何回もしています。

いっぽうで、講師になる前にも、なってからも、他のいろいろな先生方のセミナーに参加しました。講座を受けました。遠方にいらっしゃる先生の講座を動画やオンラインで受講したこともあります。子供のころや学生時代にお世話になった先生のことを思い返したりもしました。そうやって、良い先生の真似をしたり、見習ったりして少しずつ自分のものにしていきました。

良い先生の良いところを真似して、だんだんと自分のものにしていくと、講座をやっても良い評価をいただける回数や頻度が上がってきます。自分が講師として良い状態になっていくのが分かります。生徒さんの成果も上がりやすくなります。これはすべて、私が実際にお世話になった先生方のおかげだといえるでしょう。

「この先生、良い!」と生意気にも思っていた講師のみなさんの、良いところを自分の中に取り入れました。取り入れたことは基本的には「方法論」の部分です。いくら先生の背が高くてそこが魅力であっても、それは真似できません。真似できるのは、やり方、知識、技術、です。これらはすべて再現可能な方法論なので、他の人にもお伝えできるということに気づきました。そして、お伝えすることが多くの人の役に立つことだとも思いました。だから、今回のセミナーをやってみることにしたのです。

主な内容

とはいえ、今回はテストケースのような部分もあって、内容はちょっと限定的です。そのため、参加費も2,000円というところに設定。このセミナー単体での利益は出ない形です。

とはいえせっかくなので、それこそ私が「分析」した結果についての、主力となる部分をお伝えします。項目として挙げてみると以下のような感じで考えています。

  • 心構え
  • 話し方
  • 事前準備
  • 時間管理
  • 講座や話の構成

などです。
これらは、私ができている、ということではありません。いろいろな尊敬する先生方から学び、できるようにと日々の努力をしている事柄です。できてから伝えるとしたらまだまだ先のことですが、お伝えするだけなら早いほうが良いし、そのほうが世の中のためになると思っています。だから、まだまだ未熟なのですが、思い立ったら吉日ということで、この7月に開催することにいたしました。

懇親会もあります

前回のセミナーもそうでしたが、終わったあとに懇親会を予定しています。会場のすぐそばにある寅亭さんという焼肉屋さん。すっごく美味しいお肉を食べられるお店です。こちらは特にお申込みなど必要ありませんので、当日の思いつきでご参加いただいてけっこうです。よろしくお願いします。

 
「良い先生だなぁ、と思える講師のみなさんを分析してみたら」にご興味のある方はFacebookイベントのページからお申し込みください。
Facebookのご利用がない方は、オフィスまなぶきのお問合せフォームからご連絡ください。
みなさまのご参加をお待ちしております。

「適材適所」にこだわりすぎない【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
「適材適所」というと基本的にはそれは良いことで、そうするのが良いとされています。けれども、なにごともこだわりすぎると良くないもので、「適材適所」ということもこだわりすぎは良くありません。

部門の設定はあるていど以上の規模むけ

小さな会社であっても役割分担があり、それは、たとえば事務系の仕事であったり販売の仕事であったり、企画、製造、などなど、さまざまです。ただ、会社の中にある役割としての部門、特にその名称をイメージするときに、もともとのそれは大企業むけの設定であり、大企業とは言わないまでもあるていど以上の規模をもった会社に向いているものだと思います。

社長が技術屋さんである零細企業の場合に、営業を担当してくれる人を雇い入れるとします。この人には「営業部長」などという肩書を与えて営業をすべて任せたりするのですが、人数が少ないから営業だけをやっていればいいというわけにはいきません。社長と一緒に企画や製造に関わってもらうかもしれないですし、年度末には事務系の仕事を手伝ってもらうかもしれません。会社の中に必要な機能が部門の設定になっているはずなのですが、必要な機能ごとに部門を設定できるのは全体の規模があってのことなのです。

少人数における適材適所

チームのメンバー数が少ないとき、適材適所といっても限界があります。そのチームの中では比較的に向いているということがあっても、社会全体でみたらそれほど高い能力ではないこともあります。「うちではいちばん数字に強い」という人に経理をやってもらったらミスばかりで、税理士さんに叱られたという話も聞いたことがあります。この場合は、おそらく経理業務を外注したほうが良かったと思います。

また、企業をとりまく環境は常に流動的であり、会社が組織として発揮すべき機能はそのときどきでボリュームが変化します。たとえば販売にグッとチカラを入れたいときには、メンバー全員でそれに当たるのが良いかもしれません。そうすると、事務員として雇用した人にもなんらかの販売的な行動をお願いすることになって「私は事務ですから。」などとは言わせていられないかもしれません。

少人数のチームや組織だと、適材適所といっても社内でそれが賄えないことも多いです。だから、経理業務の例のように外注することを選択肢とするのと同時に、そもそも理想的な適材適所なんて組織内でできないことが多いという前提を覚悟しておくのも必要ではないかと考えます。

役割の自覚を限定化させない

そのときどきでやってもらう仕事や業務に変化がありえるので、部下に対しては、「あなたの仕事はこれね」と限定的には伝えないほうが良いです。「あなたは営業担当ね」と伝えた部下に、業務の関係上でどうしても急ぎの製造を手伝ってもらったら、「私は営業なんだけどな……」と心のどこかに不満を持ってしまう可能性があります。役割の自覚が「営業」という限定されたものになっているからです。仮に労働時間全体に変化がないとしても、「余計な仕事をやらされた」と感じるからです。時間の負荷は変わらないとしても、脳内の意識としてはボリュームが増えています。

だから、零細企業においてスタッフや従業員に持ってもらう「役割の自覚」は、たとえば「新旧顧客のバランスをとりつつ、我が社のサービスで喜んでくれる人を増やす」というように抽象的にするのが良いかもしれません。そのうえで、「いま何をしたらいいか」については社長の方針を明確に示して、常に考えながらやっていくよう促すと良いです。

 

適材適所そのものは悪いことではありません。けれども、部門の考えが一定以上の規模をもった組織むけであり、小さな組織では適材適所そのものが難しい場合もあります。無駄にマイナスな感情を従業員が持ってしまうケースも考えられるので、あまりこだわりすぎないようにしましょう。

 

タスク管理と子供の勉強の話【加賀市 片山津 学習塾 】

思考力トレーナーで、こほく寺子屋を運営している永江です。
昨日、ある事業所さんでの講座を担当させていただき、ビジネススキルのひとつとしての「タスク管理」についてお話をしました。

タスクの優先順位

ビジネススキルとしてタスク管理を考えるとき、タスクの優先順位について考えることになります。いくつかのタスクが自分に課せられているときに、どれから手を付けると良いのかということです。その場合、ふたつの基準軸で考えるのが良いとされていて、それは、重要度と緊急度です。

優先度のマトリクス

上の図はフレームワークいろいろのページに掲載してあるものです。優先度のマトリクスというフレームで、何を優先してやればよいのかを考える指標のようなものです。重要で緊急なものは先にやります。次に優先したくなるのが緊急度が高いということで3のエリアにあるものなのですが、緊急性が低くても重要である2のエリアにあるものを優先しましょうという注意をしましょう。

時間の管理について

昨日の講座では、タスク管理と時間の管理についてお伝えをしました。受講された方々も特に遅刻があるわけではなく、とりあえず社会人として時間を管理する意識が持っていらっしゃいます。でも、より有効に、効率的に、自分のための時間も最大限に確保できるような生活ができているかというとそうでもなさそうです。とりあえず、やらなければならない仕事や約束について自分を律することができているというだけです。

仕事を含めて他者との約束の時刻や期日をしっかり守れていれば、社会人としての時間管理はできているように思われます。多くの人はそれで「よし」とされています。でも、本当はもっと有効な時間の使い方ができて、もっと自分のための時間が確保できて、もっと楽しい人生になるのかもしれません。その可能性は否定しないでいちどチェックしてみても良いのではないかと思います。

子供の勉強に当てはめて考えてみる

ところで、我々が子供の頃や、大人になってからやっている勉強について、はたして有効な時間活用ができているのでしょうか。「とにかくやらなきゃいけない」という思いでやっているとどこか効率の悪い時間の使い方をしているかもしれません。特にお子さんの自学においては効果的なタスク処理の優先度や、時間の使い方を考えているとは思えません。たまに賢い子が上手に時間を過ごしているのを見聞きすることがありますが、極めて少数派なんだと思います。

塾で学習の指導をしていると、その間の1時間とか2時間については比較的に有効な時間使いをさせられます。こちらがあるていどの主導権を握っていますから。でも、家での勉強は本人または親御さんが主導です。当たり前ですが私が関与できるのは「宿題を出す」ことくらいです。このあたりがちょっともどかしいのですが、宿題を出すにしても、時間の使い方までアドバイスできたら良いなと考えました。今後はそこまで含めた指導を模索していきたいです。

 

こほく寺子屋は、加賀市の湖北地区会館で開催している学習塾です。小中学生を対象としてマンツーマンでの学習指導を行っています。ご興味のある方は下記のページにて詳細をご覧ください。
こほく寺子屋 http://manabuki.com/terakoya

 


 


勉強の量と質の話【加賀市 片山津 こほく寺子屋】

加賀市湖北地区会館で小中学生むけの学習塾をやっている永江です。
勉強をして知識を身につけるときに、その量と質は気にしたほうが良いです。もちろん、小学生くらいだと理解しにくいことですし、中学生でも誰もが腹落ちして理解できるかというとそういうことはないと思います。

意識しないと量を重視しがち

たとえば、漢字をおぼえるために何度も繰り返して書く練習をします。市販の漢字練習帳などは同じ漢字を短時間に繰り返して練習するために利用されています。そして、子供が自分で「勉強をやった!」という気になるのは、あるていど量を書いたときです。まわりの大人も「お、今日はこんなにたくさん練習したのか。えらい!」と言って量をこなしたことを褒めがちです。

今のところ、我々の身の回りにあるいろいろなものや仕組みが、学習において量をこなすことを良しとしがちになる気持ちを作り出しています。「何ページやった」「何問やった」とかが、こども自身や、まわりの大人たちの満足度になります。実際に量が有効である事柄もあるので悪いことではないですが、ちょっと注意が必要だとも思います。

量と質を両立させる

勉強や学習をなんのためにしているのかというと、知識を身につけるためです。あとで役立つかどうかその時点では分からないけれども、何かの役に立つならなおよいです。ということは、とりあえず脳のどこかに蓄積されないと時間がもったいないので、脳に残りやすいかどうかで考えます。

たとえば漢字練習帳では、同じ文字を短時間でいくつも書きます。10回の練習ができる枠があるとしたら、最初の1回や2回はちゃんと形を意識しますが、そのあとは、ぽわーんと他のことを考えていても書けてしまいます。しかも、その後に、他の漢字、他の漢字、他の漢字、と、これも短時間にたくさんの漢字を練習したとして、どれだけ記憶に残りやすいかというと非常に疑問です。実際に、記憶に関する学術的な書籍にあたると、こういう練習は効果的ではないようです。

漢字というものは形が命ですし、一方でそれぞれに音や意味を持っています。だから漢字を記憶するにはそれらがセットになった脳の使い方をするのがよくて、そのためには「漫然と量をこなす」のは時間がもったいない。ちゃんと、形を意識して、音を読んで、意味を考えられる学び方が望ましいです。その学習内容によって有効な質をちゃんと保った状態で、あるていどの量を持つのが良いです。

質を持った勉強の仕方

ちゃんと質を持った勉強のしかたはどういうものかというと、これは学習内容によります。ただ、一般的にいえるのは、ちゃんと内容を意識しながら読むなり書くなり考えるなりすることになるのではないでしょうか。私が高校生のときに、単に受験のためだけに世界史の勉強をしました。それはもうあっという間に忘れてしまいました。数学や物理は、それが身の回りの何かに当てはめて考えたときにどうなるかと想像しながら勉強したりしていたからか、いまでもちゃんと覚えています。忘れていたと思ったことも、ちょっと説明文を読んだらすぐに思い出せます。これは、その勉強をしていたときの、勉強の質が良かったからだと思います。

英単語などは、「繰り返し読むと覚えられる」と言われます。それはたしかにそうなのですが、それこそ無意識でただ発声している状態じゃなくて、ちゃんと意味というか、その言葉のイメージをアタマに浮かばせた状態で繰り返し読むほうが良いはずです。やっぱり量だけではダメです。人間は、ごく限られた単体の情報を記憶するよりも、複数の情報が関連しあってつながった状態で記憶するほうが脳に定着させやすいそうです。だから、質を持った勉強というのは、もともと学ぼうとすることは有機的にたくさんの情報が集まったもののはずなので、それらを分断することなく、つながりをもってインプットやアウトプットをしていくことなのだと思います。

 

こほく寺子屋は小中学生むけの学習塾です。
原則としてマンツーマンで個別指導を行います。
お子さんの学習が効率のよいものになり、本来のチカラを最大限に発揮できるようになることを目指しています。
こほく寺子屋についての詳細は下記リンク先のページからご覧ください。

加賀市片山津 学習塾 こほく寺子屋のページ