ランク概念という概念

思考力トレーナーの永江です。

最近、「ランク概念」という言葉を教えていただきました。
言葉だけ教えてもらってもダメなやつです。ランク概念という概念を教わったんですね。

「また聞き」なので、間違えていることもあるかもしれません。それから、もともと提唱されている人に迷惑になるような記事になってしまっていたら削除するのでご連絡をいただけると嬉しいです。

人はさまざまな要素の組み合せである

当たり前ですが、あらためて考えてみると、という話。私達はさまざまな要素を自分の中に持っています。社会的な要素、コミュニティに属する要素、精神的な要素、などなど。そしてそれぞれに細かな要素があって、社会的には私なら自営業者であり、講師をの仕事をしていてコンサルティングもやっている。石川県の南部を活動拠点としていて、あの仕事、この仕事、あの立場、この立場……、などなど。

こうやって要素を細分化していくと、ものすごい数になるはずで、それはすべての人にいえることです。10や20の要素じゃなくて、おそらく3桁は余裕であって、4桁以上に細分化できるのではないかと思います。それくらい、人はさまざまな要素の組み合せであるわけです。

それぞれの要素でランクがある

おそらくランク概念の最初のポイントは、上記のようにさまざまな要素を人が持っているということです。これを横軸として考えます。そして、縦軸には、それぞれの要素についての相対的な高低を考えます。これが「ランク」という言葉を使う理由じゃないかと思います。

たとえば私は講師・コンサルタントとしての自営業者です。講師として他の講師同業さんと比較しての高低評価が考えられます。さらに、職業訓練でパソコンを、とか、学習塾で数学を、英語を、とかどんどん細かく横軸を分解すると、それぞれに縦軸の相対的な高低が考えられるようになります。これを図にすると、こんなイメージ。

得意もあれば苦手もある

上のイメージにあるとおり、誰でも得意なことと苦手なことのデコボコを持っているはずです。私は人より評価される能力やポジションを持っていますが、逆に、多くの人よりも「下」である部分もたくさん持っています。この「デコボコしている」というのがランク概念を考えるときの重要なポイントなのではないかと思います。

そして、それぞれの要素について高低を考えるときに、あくまでも相対的であるということもポイントです。参加するコミュニティによって高くなったり低くなったりもするはずです。あるいは社会環境が変わることによっても変化するような要素もあると思います。固定的に評価された高低ではなく、あくまでも、「あなと比べて私は」というていどももので考えるのが良いのではないでしょうか。

その人の全体としての評価じゃない

こういう話をすると、おそらく「私はどれも低いものばかりだ……」とか言い出す人が居るんですが、それも違うと思います。そうじゃない。客観的にどうこういう絶対的な評価でもないし、だいたい、そもそも、そういうこと言う人って自分を冷静に自己評価できていないことが多いです。「私は全体として低い」みたいに思ってしまう人は、別のところでカウンセリングかコンサルティングかコーチングを受けてください。

ランク概念を正しく理解したら、おそらくこうなります。「私、ここのところあなたに助けてもらいたいの」と「私、この部分で人の役に立てるわ」が自然とバランスよく成立して、他者と良好な関係が築きやすくなります。ここからはいろいろなコミュニケーションワークに使えそうですが、基礎的な概念として理解していると良さそうなものだと思います。ランク概念。

 


 


小さな会社でも人事制度は必要【零細企業の人材育成】

人事系コンサルタントの永江です。
今日のお話は、小さな零細企業にも人事制度、とくに評価や教育に関する制度が必要なのかどうかという内容です。
結論を先にいえば、小さな会社にも人事制度はあったほうが良いです。

人事制度の本質は個人と組織の成長にある

組織というのは成長を目指すようにしないと持続すらしなくて衰退します。継続するためには成長を考えるのが良くて、そのために従業員の成長は不可欠です。人事制度というものは何のためにあるのかというと、スタッフ個人を成長させ、それによって会社そのものが成長するためです。これは規模の大小に関わらずいえることだと思います。

個人と組織が成長しさえすれば制度は不要ということにもなりそうですが、制度なしで運用するのはおそらくうまくいきません。なぜかというと、人は自分が思っているほどにちゃんとはしていなくて、社長が考える「成長のための施策」「評価する方法」というのも同じだからです。

評価や教育には納得感が必要

ちゃんと制度化していない方法でスタッフを評価しようとすると、どうしてもどこかに不満が出てきます。「自分は自分なりに頑張っているのに評価してもらえない」とか「社長は自分の何が足りないと思っているのか分からない」とか、そんな思いを持たれて良いことなんてありません。だから制度をつくっていく中で従業員に求める要件を明文化していき、何に頑張ればいいのかを分かるようにするんです。

明文化して分かりやすくするのは評価だけでなく教育についてもです。スタッフの成長に資するもの、なおかつ会社の利益につながるものであれば積極的に会社の費用として支出をし、労働の時間として評価してあげます。そうすれば「これが会社にとって、自分にとって必要なのだ」と分かるようになり、社長の方針や考えと部下の成長の方向性を整えられます。

会社の大小は関係ない

おそらく、大きな会社であればあるほど人事制度はしっかりと構築されていることでしょう。逆に小さな零細企業だとそこまで手が回らないという理由などから人事制度がないことが多いです。たしかに目の前の発注に対応して、営業もして、となれば忙しくてたいへんです。でも、忙しいからこそ、あるいは実は、小さな会社だからこそ人事関連のことは制度化したほうが良いのです。

あなたが零細企業の社長さんで、社員の成長が会社の成長につながるとお考えならば、ちょっと考えてみましょう。あなたは、指導や教育をすることが得意ですか?得意であればそれでいいです。でも、特定の分野で起業した人じゃなければ指導や教育はあまり得意ではないはずです。だから、そこは制度化して、制度が指導や教育をしてくれるようにしておくのです。

会社のルールは会社から従業員へのメッセージになりえます。こういう働き方をしてほしい、こういう行動を仕事の中でしてほしい、そういうメッセージがルールには込められます。このことは人事制度についても同様で、上手にやっている会社は制度の中で自然に社員が成長します。大きな会社に人事制度がちゃんとあるのは規模が大きいからではありません。それが上手な方法だと知っているから制度を作っているのです。その上手な方法を小さな会社だからといって使わないのはもったいない。あなたの会社でも、ぜひ、人事制度の構築を検討してみてください。

面接での違和感を放置しない【零細企業が人材を確保するために】

人事系コンサルタントの永江です。
今日は、零細企業の社長さんが採用面接するときのお話についてです。

何がどうかと言われると困るような小さな違和感

人と話しているとなんとなく違和感を感じることがあります。論理がつながっていないけど、明確をそれを指摘できるほどでもない。言っていることが違っているけど、何がどう違うのか分からない。どこにどう違和感を持ってしまったのか分からないからこその違和感なのであって、説明ができたとしてもそれは後になってからだったりします。

採用面接をしていてもそういうことがあって、私が人事部長として面接をしていたときもありました。なんとなく感じる「ダメなんじゃないかなぁ」という思い。でも、他の面接担当者が採用の方向で考えを主張しているのに対して、こちらは言語化した反論ができないでいる。人が議論や検討をするときに言語化できない感覚は主張が弱いので、そのまま採用になることもありました。

違和感を放置してしまったケース

本当に、今になって思えば、あのときに違和感の正体を同席したメンバーにも一緒に考えてもらえばよかったです。採用したあとに分かった違和感の正体は「分かったような返事をしながら、実は分かっていないことが多い。」というものでした。面接のときの受け答えが良かったのですが、実はこちらの話をしっかり理解してのレスポンスではなかったんです。

そこに気づかなかったので、口頭による説明を理解して反応することが必要な部署に配属をしました。そして、その配属がうまくいきませんでした。あのとき感じた違和感を放置してしまったために、何人もの人が少しずつ不幸を抱えました。その後どうなったのかは伏せておきます。

違和感を追求したケース

逆に違和感を持ってそれを追求したケースですが、これは現在のクライアント企業さんでのお話です。社長さんが面接をして、何か違和感を持ったそうです。そして、それが何かを面接の中で自己追求するための質問をいくつかしていきました。違和感の正体は、業務に必要な知識について不十分であったということだそうです。「◯◯はできます」と言って応募してきたのですが、本人が思っているよりも会社が求めるレベルが高かったということです。

会社が求めるレベルと応募者が考えるレベルがズレていたのが原因です。本人はできると思って「大丈夫です」と主張していました。油断するとそのまま採用してしまいそうなケースです。でも、社長はなんとなく持った違和感を追求して、求人票に示した要件の説明がうまくなくて、どんなレベルで知識が必要なのかについて勘違いをさせていたと謝罪をし、その人は不採用となったそうです。

社長は感覚で面接をしてもよい

私は基本的に零細企業の社長であれば感覚で面接をして、感覚で判断をしていいと思っています。小さな会社の舵取りをするときに、社長が持つ感性の影響力が大きい方が良いと考えるからです。たとえばたった数人ていどの組織において、何が正解なのかを判断しづらい問題は、社長の責任で、社長の感性で判断するしかないことが多いからです。

もちろん、感性で判断して会社を傾かせてはいけません。だから、感性とともに理論や理性を加えて判断するのは当然です。でも、理論の及ばない最後の最後の部分で感性を使った判断も良いということです。

だから面接で違和感を感じたら、その違和感を信じて放置しないことも大切なのではないかということです。実際に私が放置した違和感は判断の失敗につながっています。もちろん違和感が杞憂に終わることもあるでしょう。それは違和感の正体を突き止めればいい話です。面接で違和感を感じたら、それは放置しないのが良いかと思います。

上手な学び方、上手な勉強のしかた

思考力トレーナーで人事コンサルタントの永江です。
先日、ある企業さんで、ある資格試験についての勉強方法をお伝えしてきました。
社員の何人かにその資格習得のための勉強をさせたいのだけれども、どの人もけっこう忙しく働いてもらっている。
だから効率よく勉強してもらうためのヒントをもらえないか、というのが社長さんからのリクエストでした。

全体像や構造を理解して勉強する

下手な勉強方法のひとつとして考えられるのが、とにかくテキストの前から順番に読んでいくというやり方です。上手な勉強方法でも実際の時系列ではそうなることが多いのですが、テキスト本文に入っていく前にやっておくと良いことがあります。それは、これから学ぶ事柄の全体像を把握して、その資格に必要な理論や情報の体系がどういう構造をしているのか知っておくことです。

全体像がわかった状態で学びを進めると、「ああ、この部分は、全体の中でこういう意味があるのだな」とか、「これは、少し前に勉強したあのことと、こういうふうに関係しているのだな」とか、情報の連携をしていけるようになります。情報はひとつひとつの単体で記憶しようとするよりも、つながりでインプットしたほうが覚えられます。だから、全体像があって、その中の各パーツとして細かな情報を入れていくのがいいです。

目次を活用しよう

全体像の把握や理解、構造をわかっておくために有効なのが目次です。以前は私も目次をすっとばして本文に入っていましたが、今はそんなことはありません。何か目的があって実用書やビジネス書を読むときには、かならず目次に目を通してから中身に入っていきます。

目次には、2〜3段階くらいの見出しがあります。その見出しを順に追っていけば、全体としてどういう主張や内容があるのか、それを構成するためのパーツとしてどういう情報があるのかが分かります。そうしてから本文を読んでいくと、全体の中のひとつひとつのパーツとして個々の情報の理解がしやすいです。

個々の要素と全体の例(簿記の勉強)

個々の要素があって全体が構成されている。それを分かって勉強するとよいという例として、簿記についてお話をします。ひとことで簿記の勉強をするといっても、いくつかの事柄と、たくさんの言葉の意味を覚えなくてはいけません。そして電卓を叩いて計算をする能力も必要になります。日商簿記3級の勉強をしようとすると、全体の構成として以下のように考えられます。

  • 会計の流れを知る
  • 貸借(左右の振分け)のルールを知る
  • 勘定科目の分類と名前を覚える
  • 正確な計算能力を身につける

教える人によって構造化の仕方はちがうと思いますが、おおよそこんな感じになっています。このことを知ったうえで「あ、自分は、いま左右の振分けについて勉強しているな」とか、「正しく間違わないように計算する練習をしよう」とか、考えられるとよいです。

中高生以上にはオススメ

ただ、こういう勉強のしかた、学び方が、どのような人にも向いているわけではありません。小学生くらいのお子さんの場合は、全体を分かってから個々の勉強をするためのベースとなる知識がまだ不足しています。特に低学年だとそれが明らかなので、いわゆる「詰め込み型」の勉強方法も必要になってきます。一時期、この「詰め込み型」の勉強が世の中で批判を浴びましたが、小さい頃には絶対に必要だと思います。

中学生から高校生くらいになってくれば基礎的な知識や考え方も身につくので、だんだんと、全体理解から始める勉強の仕方が向いているようになります。まっとうな学習をして普通の社会的知識を身に着けていれば、大人になったらもう間違いなくこれです。いまになって思えば、中学校のときの勉強や大学受験のための勉強も、こういうやり方をしておけばよかったと思います。そうすれば、もうちょっと……。

学校の先生は、今やっていることが何につながるのか教えてくれません。特に高校の先生は、その教科そのものが好きだった人が多いから、それが何にどうつながっていくのか発展していくのかに興味がないんですね。そういう意味では、学校の先生以外の大人と接するのは子供にとって重要なことなのではないでしょうか。

育成もちゃんと考える【零細企業が人材を確保するために】

石川県を基盤にして零細企業の支援をしている永江です。
零細企業の社長さんが人材確保を考えるときのヒントとして、今日は「育成することも考えよう」というお話をさせていただきます。人材確保というと採用に目が行きがちな人があるていどいらっしゃって、実際に私から「そうではないよ」というお話をさせていただくこともあります。

即戦力はコスト高

正直いってしまうと即戦力となるスタッフを中途採用で雇用しようと思うと、なかなかにコスト高になってしまいます。採用のための手間もかかるし、それなりの給料も設定しなければなりません。もちろん育成なんてしている暇がないということもあるでしょうが、出せる費用にもやっぱり限度があると思います。

経験があったり知識や技術があったりするとすぐに働き手として役に立ちます。でも、その「すぐ」のためにいくらでもお金を用意できるわけではないならそのコストについてちょっと考えたほうがいいかもしれません。それよりも、未経験であっても社長の価値観に共感できる人材を採用して、しっかり育成したほうがけっきょくは手間もお金もかからないかもしれません。

採用時には伸びしろを見たい

そうすと、他の記事にも書いたことですが、採用時には価値観が基準になってきます。そしてもうひとつ可能であれば評価したいのが「伸びしろ」というものについてです。つまり、その人を育成していったらどれくらいのレベルのスタッフになるのかということです。今の能力ではなく、未来の能力を推定して採用を考えるということになります。

これは実際には簡単ではないと思います。何十人あるいは何百人と接してきた人事マンでも難しい評価だし、まして零細企業の社長さんがその判断力を養う機会が多くあるわけでもありません。しかし、そうはいっても大事なことなので、まずはいったん採用活動の心構えとして「伸びしろを見る」ということを考えてください。

放置しないで従業員教育を考える

小さな会社の社長さんは、ふだんからなかなか忙しくて従業員教育に携わる暇がないことが多いと思います。そのため、仕事のやりかたをあるていど理解させたらあとは放置で自然に成長するのを待つことも多いのではないでしょうか。これだとなかなか従業員が成長しないのであまりお勧めはいたしません。

ちゃんとした研修を受けさせるとかトレーニングの時間を設定するとかまではしなくても良いです。とにかく放置をしないこと。たとえば、1週間の課題をあたえてそれを仕事の中でのチャレンジとする。週末に必ずその出来ぐあいをチェックする。これだけでも教育効果はしっかりあります。放置をしない。そして従業員教育は、まず考えるということ。これも人材確保のひとつの方法として使ってください。

できそうなことは何かと考える【零細企業が人材を確保するために】

零細企業の人事をお手伝いするコンサルタントの永江です。
このシリーズ投稿では、零細企業の社長さんが苦労している「人材を確保する」ということについてお伝えをしています。どう考えて、何をすれ、理想的な人材確保ができるのか、ということです。

なんでもかんでも出来るわけではない

人材育成の支援をしていると、やたらと自己評価が低い人に出会うことがあります。いわく「自分は何もできない」「ぜんぜん成長しない」と。でも、実際にその人の成果を見てみると、標準的なレベルでは仕事ができているんです。自分で「よし」と思える基準がやたらと高いだけなんですね。ある意味で完全主義なのかもしれません。

でも、そもそも、ものごとを完全にできることなんて稀だし、なんでもかんでもできる人なんていないわけです。もちろん私もそうですし、冷静に自己評価をすれば、100点満点中の60から90くらいの間をウロウロしています。

だから、このシリーズで零細企業の人材確保についていろいろお伝えをしていますが、いきなりそのすべてを実行しようとしなくていいです。それだと無理がきて、どれも中途半端でおわります。だから、特に、慣れないことや経験のないことをいったん横においてください。そして、まずはできそうなことは何かと考えることにしましょう。

自分の会社の棚卸し

何かに取り組もうとするときに、まずは自身の棚卸しをしてみると良いです。会社組織であれば小さくても会社としての棚卸しをしましょう。フレームワーク思考いろいろのページのいちばん上にあるものがヒントになるかもしれません。

上のリンク先にあるのは一般的な経営資源についての枠組みですが、人材確保の取り組みについてであれば、この投稿シリーズのそれぞれの項目について考えてみるとよいと思います。

それほど大げさなことではなくて、たとえばコンセプトを決めようと考えたときに、社長ひとりで考えて見られるなら考えてみる、誰かに相談してみたかったらしてみる、そんなレベルでよいです。それができるかできないか、そういう小さなことの棚卸しをしましょう。インターネットの利用について、社内の既存の人材について、社長や従業員のまわりにいる人について、あるもの、無いものを確認してください。

弱みと強みは紙一重

自身や会社の棚卸しをするときに、よく使われるポイントとして「強み」と「弱み」があります。人の強みとしては技術やスキルなどが考えられるし、会社としては持っている経営資源などが考えられます。そして強みを生かして活動をしていこうとなるわけです。

ただ、注意していただきたいのは弱みが強みと紙一重にあるということです。どういうことかというと、弱みだと思えることであっても考え方を変えることによって強みに化けることがあるということです。たとえば会社の立地が不便なところだとそれは弱みにとらえられがちですが、もしかしたら近隣のことに気を使わずに事業に集中できるという強みになるかもしれません。強みであるとか弱みであるとかは評価であって事実ではないことが多く、事実そのものに目を向けて、強みに化ける可能性を探るのも良いです。

できそうなことから手をつける

そして、行動です。行動は、できそうなことから手をつければいいです。できないことを、できるようになってからやる、というのでは遅れます。まずは、できることをやって、あまり好ましくない現状を少しでも動かしましょう。何かが動けば次の手も新たに見えるかもしれません。

ときに人は「できるようになってからやる」という考えを持ちがちで、実際にそういう人は少なくないように思います。でも、しっかり棚卸しをして丁寧に考えれば、いま出来ることはあるはずです。あるいは、ちょっと良くなる未来につながる小さな一歩も何かあるはず。だから、大きなことを達成するためであっても、まずは小さな一歩でいいから、できることから手をつけてください。

経営で考えるファシリテーションその3 言葉の定義を広げたり狭めたり

経営で考えるファシリテーションの3回め記事では、「ファシリテーション」という言葉の定義について、それを広げたり狭めたりするというお話をしたいと思います。

広い意味でのファシリテーション

まず、広い意味での定義としては、「良くすること」とか「うまくいくように取り計らうこと」というものがあります。つまり、今でこそ会議や話し合いの場で使われる技法として語られることが多くなったファシリテーションですが、もともとは場を限定せずに、単に「うまくできるようにしていく」kとを指す言葉だったのです。
そして、経営というものを考えるときに、あたりまえですが「会議」だけをやっていればいいわけではありません。現場で働くスタッフが最適な動きをするように取り計らうこともファシリテーションですし、キャッシュの流れが機能するように考えたり行動したりすることもファシリテーションです。ヒト・モノ・カネとよく言いますが、近年ではこれに加えて情報も使います。それらすべての経営資源を「うまくいくように」取り計らうことすべてが、経営のファシリテーションだと考えられます。

狭い意味でのファシリテーション

一方で、狭い定義でのファシリテーションを経営に当てはめれば、たとえば役員会議や現場会議、ちょっとした打ち合わせの場面などで「話し合いのファシリテーション」が有効に働くはずです。会議ファシリテーションでは参加者が気兼ねなく発言したり、お互いの意見を尊重しあうなかで合意を目指すということが求められます。経営者がそれを主導するということもアリですが、その能力に長けた人をその任に充てるという行為そのものも、経営のファシリテーションとして考えられそうです。
そもそも一人では出来ないことをするために組織があります。社長さんが一人で出来る範囲の事業ではないから人を雇っているわけで、その人たちの頭脳も活用しないテはありません。ほとんどの場合、どんなに優秀な一人であっても他人の意見を取り入れることによって一人のときよりも良い考えが出る可能性が上がりますから。そういう意味で、意見を出してもらって活用していくために狭い定義のファシリテーションも必要です。

どのくらいの広さで考えるのが適切なのかはTPO

経営のためのファシリテーションということを考えると、広い意味でのものも、狭い意味でのものも必要だし、有効だし、ぜひ考えていきたいものです。だから、その場に応じた広さ狭さでファシリテーションの定義を考えればいいと思います。もととも「良くする」というようなニュアンスで考える言葉ですから、あまり定義に固執するのもちがうのかもしれません。人材をより活用するために「どうするとよいか」と考え「良いと思われること」を実行し、組織が「良い方向に向かう」ための言動すべてがファシリテーションだと私は考えています。

経営で考えるファシリテーションその2 経営者が注意すべきことはスタッフの意欲

人事系コンサルタとの永江です。

先日の投稿につづき、経営で考えるファシリテーションの2回めです。

今回は、経営者がファシリテーションで注意すべきことはスタッフの意欲、つまりモチベーションであるということです。もちろん、他にも気にすべきことはあります。でも、けっこうこれは重要だと思っていて、経営というものを人にフォーカスして考えるときにけっこうなキモになるのではないかと考えています。

そもそもファシリテーションとは?

ファシリテーションというと会議の進行を思い浮かべる人が多いですが、そもそもファシリテーションとは会議や話し合いにかぎって考えるべきものではありません。ファシテーションとは、何かを良くすることであり、促進することであり、手助けすることでもあったりします。ファシリテーション協会さんのウェブサイトでも、「人々の活動が容易にできるよう」という表現が使われています。つまり、会議にかぎったことではありません。

経営のファシリテーションとは話し合いのことではない

では、何が経営のファシリテーションかというと考えます。人が集まって会社を形成していて、その集団が企業活動をしていきます。だから、、経営のファシリテーションとは、経営をうまくやっていくことそのものであり、そのために必要なすべての言動がファシリテーションたりえるのです。

もちろん、社内で行われる会議をうまくやっていくこともファシリテーションですが、そのときに何をもって「良い会議であった」とするのかが重要です。その判断基準は、良い経営に資するかどうかであって、営利団体である企業の中であれば、利益につながる会議であるのかどうかが最優先されるべき評価です。

しかし、経営を良くしていくことそのものがファシリテーションであれば、会議以外にもやることがあります。指示を出すこと、教育をすること、場合によっては叱ったりすることも必要かもしれません。こういうことを書くと「叱って萎縮したらいけない」とか言われそうですが、萎縮して本来のパフォーマンスを発揮できないようにするならば、それはいけません。叱ることによって改善や成長につながり、会社の利益になるならOKです。経営のファシリテーションとは、経営をうまくやっていくことであり、うまくやっていくとは利益を生んで財を残していくことです。そうなるかならないか、これが原則としての判断基準です。

一人ではできないから人を雇っている

私自身は個人事業主として、今のところ完全な「一人親方」の状態です。でも、いわゆる経営者の方々は人を雇っていますが、それは、一人では事業をできないからのはずです。だから、自分の分身、あるいは自分を手伝ってくれる人として、雇っている人にはうまく動いてもらう必要があります。

ということは、雇っている人がポテンシャルの100%を発揮してくれるのが理想です。社内の人事案件は、すべてそこに向かっているといってもいいくらいではないでしょうか。だから、経営のファシリテーションということを考え、経営者が注意することとはスタッフの意欲をどうするのかということになってくるのです。

経営においてファシリテーションが果たし得る役割

さて、一般的にファシリテーションというのは経営そのものとは考えられません。経営の中で、それをよくするために何をするのかがファシリテーションになってくるのでしょうか。スタッフに対してどう接すると良いのかというところにその答えがあるように考えています。

スタッフの意欲を高めようと意見を聞き入れ、まずい考えであってもそのとおりにさせる。そうやって経営が傾いてしまう。これではダメです。先日の投稿で論理性について述べましたが、やはりダメなときはダメであることを諭さないといけないように思います。

スタッフにどう接するのかが経営のファシリテーションのキモだとすると、もしかしてこれは経営そのもののキモかもしれません。なぜなら、究極的には、スタッフが理想的に動いてくれれば会社の最大限のパフォーマンスにつながるからです。スタッフが最大限に動かしていくこと。動かすという言葉が嫌いな人もいるかもしれませんが、これが経営のファシリテーションが果たし得る役割なのかもしれません。

 


 


親御さん向けのメルマガを発行しています

永江です。
思考力トレーナーとしての活動の一環として、
金沢と加賀で学習塾を経営しています。

金沢 つくえ塾
加賀 こほく寺子屋

いろいろなお子さんの指導をして、
そして、
いろいろな親御さんとお話をしてきました。

その中で、
子供の学力を向上させることを考えたときに、
親御さんの存在は大きいということをあらためて感じました。

 

でも、
どのようにすることが子供の学力向上につながるのかを
親御さんが正しく考えることが難しいケースもあります。

だから、
そんな親御さんの考えるヒントになればと思い、
子をもつ親御さん向けのメールマガジンを発行しています。

1日1回!
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ぜひ、ご覧ください。

そして、必要な方は、すぐに登録してください。
もちろん、無料です。

 


 


講師のお仕事で気をつけていること

わたくし永江はフリー講師をやっています。

ロジカル・シンキングやフレームワーク思考、
リーダーシップに関するセミナーや研修をこれまでさせていただきました。

そういった講師のお仕事をする際に気をつけていることがいろいろとあり、
それらをまとめて、今度、春くらいに講座を持とうと思っています。

そのためにアタマの中を整理整頓しなくてはいけないので、
ここでいくつかの項目を書き出してみます。

 

講師として持つべき心がまえ

まず最初に考えたいことは、
お仕事として講師をやる以上は必ず持っていたい心がまえです。

心がまえの基礎となる事柄は、
講師がその場の支配者であるということで、
あらゆる事象において、講師に大きな責任があるということです。

安全でなくてはいけませんし、
快適性も一定以上のレベルで必要です。
時間のコントロールや学習のしやすさはもちろん、
参加する人がどのていどの学びを得ることが可能なのか。
そういったことにも責任を持たなくてはいけません。

 
講師とは別にセミナーの主催者が存在するケースもあります。
この場合には、多少は講師の責任が薄れますが、
それでも参加者に対していちばん大きな責任があるのは
講師であるという自覚が必要だと思います。

 

講座をするために必要な「脳力」

講師は体力を使いますが、
それよりも絶対的に必要なものは「脳力」です。
「脳力」とは広い意味での思考力のことですが、
頭脳を使うスキルとして以下のようなものが必要です。

記憶力
論理力
想像力
瞬発的思考力
語彙力
図示力
文章力

それぞれどのようなバランスで発揮されるべきなのかは、
講座の内容や講師の個性によって異なります。
また、言葉の定義によっては、
必ずしもこのような分類が適切ではないかもしれません。

ただ、私個人としては、
これらの項目に気をつけながら、
持っている脳力は失わないように、
もっともっと高められるように、
工夫や努力をしています。

 

話し方や見せ方のテクニック

具体的なテクニックについて文章では説明しにくいのですが、
話す順番や言葉えらび、
図で示すときの形の使い方などには、
先人が積み上げてきた一定のセオリーがあります。

まずはそれらのセオリーを知って、
自身の講座の中で実践していく必要があると考えます。

 

話す順番のセオリーとしては、
まず大きな事柄から伝えるようにして、
それからしだいに細かく、具体的な内容に移行していきます。
そうすると、話の構造や、これから話されるであろうことが見えるので、
聴いている参加者は比較的にストレスなく理解できます。

 

図示の基本となるのは「囲み」と「線による接続」です。
「囲み」は同じ特徴のあるグループをまとめるのが基本的な使い方で、
「線による接続」は、矢印も含めて、何かと何かの関係性を表現できます。

これらを上手に使うためには練習が必要な場合もあるので、
簡単なところから練習をしていくのが良いです。

図書館に置いてあるような書籍でも
分かりやすく勉強になるものがありますので探してみてください。

 

教えることを教えるということ

「教えること」を誰かに教えるということは、
意外と見落とされているのかもしれません。

あるカルチャー系のインストラクターさんが
そのジャンルで「インストラクターコース」に参加したときに、
カルチャーとしての内容はたくさん学んだけれども、
「教えること」についての学びは無かったとおっしゃっていました。
それでも、インストラクターの免状はいただけたそうです。

これだと、
「教えること」が出来ていないのにもかかわらず、
インストラクターを名乗ってもよいというケースが発生しますね。

自分も「教え業」をやっているものの端くれとして、
こういうのは良くないと感じています。
今後、取り組んでいいきたい課題です。