何事に対しても前向きに考えることができるかどうか

思考力トレーナーの永江です。
私が接してきた中で、良い成果を上げている人、どんどん良い変化を生み出している人の傾向についてです。

悪く考えることがない人

基本的にどんな出来事にも良い面と悪い面があると私も考えているのですが、どうしても出来事に対しての「良い」または「悪い」という評価のどちらか一方をしてしまうことがあります。でも、以前に指導をしていた塾の生徒で、何事も悪く考えることがない子がいました。テストで良くない成績になっても「出来ないところが分かったのでそこを勉強します。」と言う。模試で志望校についての判定が悪く出ても「どれくらい頑張らないといけないか分かったので、それだけがんばります。」と言う。

実際に心の中がどうだったのかは分かりません。でも、常に前向きに考えて、悪い考えを口にすることなく、頑張って勉強をして無事に志望校に進学しました。

過去の失敗を笑って話せる人

経営者となるとなんでもポジティブに考えるわけにはいかないです。良くない未来も想定しておかないと、予想外の自体に対応できずに会社を潰してしまうかもしれません。だから私が尊敬しているある社長さんも、ネガティブな想定はしっかりとされています。でも、過去の失敗をあまり悪いこととして捉えていないような気がします。

あるていど経営をしていると失敗もあります。その人も失敗を何度かしています。でも、どの失敗もすごく明るく楽しく話してくれます。売上が下がったり損失が大きくなったりと数字においては悪い結果になったことでも、振り返って話してくれるときには笑い話になっています。失敗は失敗として評価しつつ、それを「勉強になった」と明るく話してくれる姿には、「こちらこそ勉強になります」と申し上げたくなります。

無意味なポジティブシンキングではなく、意味を持って前向きに考える

世の中には、ポジティブに考えるといいからと、とにかく意味もなくやたら「良いこと、良いこと」と考えようとする人がいます。こういうのは実際の経営や組織運営ではあんまり好ましくないと思います。やっぱり評価として「ダメだ」となる事象がありますから。でも、それを受けて、受け入れて、それに対して前向きに考えられるかどうかは大きいです。そこで論理的に、適正に、前向きに考えられるかどうかで、成果の大きさも変わってくることが多いように思います。

無意味にポジティブになれとは言いません。でも、良くない評価を下すべき場面にあって、それを前向きに捉える考え方も身につけていたら良いでしょうね。

 


 



経営する人と「占い」とのつきあい方について 〜 判断のためにもうひとつの軸を持つ

思考力トレーナーの永江です。
私は占いをちょくちょく見ます。テレビでやっている「◯◯うらない」とか、雑誌に掲載されている星座のものとか、特に何を、というわけではなく、いろいろなものを見ます。

占いを盲目的に信じるのは危うい

いろいろな占いを見ていますが、言われていることをそのまま信じたりはしていません。まず、ふつうに考えて非科学的ですし、当たる人もいれば当たらない人も居るだろうと思えますからね。そんなものを本気で信じてるとしたらやめたほうが良いし、盲目的に信じてしまうのは本当に危ういと思います。だから、知り合いの人が占い師さんの言うことをベッタリと信用してたりすると心配になるわけです。

他に判断の軸がなくて、どっちに転んでも大差ないなら占いで

では、なぜ占いをよく見ているかというと、他に判断の軸や基準がないときに、「えいや!」と決める材料にするために見ています。たとえば、昼食にラーメンが食べたければ食べますが、ラーメンとカレーとで迷っているとします。本当にどっちでも良いという状況なら、朝のテレビの占いでラッキーカラーが「黄」だったからカレーにする。それくらいのレベルです。

経営者の人でもけっこう占いを活用している人がいらっしゃいます。これも、占いに頼って経営をしているというよりは、いろいろロジカルに考えた結果として、もう、どっちに転んでも期待値に違いはないと考えられるときに「えいや!」と決める材料にしていらっしゃるようです。もちろん結果の違いはあるかもしれませんが、それはパラレルワールドの話になってしまうので分かりません。

論理のほかに、もうひとつの軸を持つ

経営や運営という事柄は、基本的には論理をもって分析や判断をするべきです。論理こそが万人にとっての「共通言語」ですから。でも、実際の世界はとても複雑で、どう考えても判断つきかねることがあります。あるいは、時間の制限があってこれ以上は考えることができないということもあるかもしれません。そういうときに判断の材料とするために、もうひとつの軸を持っていると良い場面があります。

もうひとつの軸は占いとはかぎらないです。たとえば信頼できる参謀。座右の銘としている言葉。メンターの意見。名著にある言葉。さまざまです。占いもそのひとつ。基本的には論理で考えて進めるのですが、ほかにもうひとつの軸を持っていると行動しやすくなったりします。


 



思考を上手にするための3要素

思考力トレーナーの永江です。
自分のアタマでちゃんと考えられる人を増やしたい!

ということで、思考を上手にするための3要素についてお話をします。

考えようとする意思

まず最初に必要なのは、意思です。自分でちゃんと、しっかりと、自分のアタマで考えようとする気持ちです。これが無い人は、分からないことがあったり難しい問いに出会ったりすると、すぐに人を頼ります。それはそれで可愛らしく感じるシーンもあるのですが、少なくとも「考えられるよう」にはなっていきません。まず意思を持つことから始まります。

考えるための基礎となる知識

次に必要なものは考えるための基礎となる知識です。たとえば、「数」というものについて考える数学の世界では、最低限の数の定義と仕組み、そして演算のルールなどを知らないと前に進めません。だから、数学を学ぶための入口として、小学校で算数を習います。そこには数学的なことを考える基礎となる知識を身につけ、少しずつ考えることを進めていきます。

基礎となる知識が必要なのは経営やマーケティングなどについても同じです。たとえば最低限の会計のルールを知らないと、企業経営を正しく思考することはできません。単なるお金の四則演算ではないということを、ちゃんとやっている人なら知っています。おおよそなんの分野であっても基礎の知識は必要となるので、これがあってから3つめの要素を使っていくことになります。

うまく考えるための技術

3つめの要素が、いわゆる「思考法」などのエリアになってくると思います。上手に脳みそを働かせて、効率よく、問題解決に近づくための思考技術です。技術のためには道具がセットになっていることもあって、フレームワーク思考などはそれに該当すると思います。どれほど上質な素材であっても技術が稚拙だと悲しい結果になりなるので、やはり思考の技術も持っているのが良いのです。

 

単に技術だけを学んでも、基本的なことを知らないと、おかしな思考になってしまいます。そして、意思がなければそもそも考えようともしません。意思があり、知識がある状態で、技術を駆使する。そうすると、上手な思考ができるようになります。

 


 



しだいに感覚のレベルを上げて成長していく

思考力トレーナーの永江です。
なにかの分野で成長していくときのお話。

たとえば自転車に乗れるようになるときの感覚

たとえば、はじめは自転車に乗れなかった人が、練習をして乗れるようになるとき。乗れないときはバランスをとること等いろいろなことを難しいと感じています。それが、なにかのタイミングでバランスがとれると、難しいという感覚は薄れて、「いける」という感覚を持つようになります。

さらにスピードを上げることができるようになると、バランスをとって速く進むことに慣れていきます。そしてあるときに気づくかもしれません。自転車に乗れなかったときの感覚と、乗れるようになってからの感覚が大きくちがっていることに。乗れる感覚を身に着けてしまうと、乗れることが当たり前のようにも思えてきます。

感覚が変わったときに意識しておく

おおよそ何の分野であっても、ある状態からひとつ上の状態に成長したときに感覚の変化はあると思います。そのときに、ステップアップしたあとの感覚の状態を意識してみることをお勧めします。できなかったことができるようになった感覚。前の自分とは違うという感覚です。

変わったあとの感覚を意識すると、できる自分が当たり前のように感じられます。それは、次の成長段階に進んだということであり、さらなる向上につながる新しい階段をのぼり始めたということになります。無意識でも悪いわけではないのですが、成長が感じられれば気分もよくなり意欲も増します。何かが出来るようになったときの感覚を意識して、そのレベルと段々と上げていくことで成長を実感していきましょう。

 


 



何かを得ようとするなら、何かについての覚悟が必要になる

思考力トレーナーの永江です。
今日のお話は、「覚悟も持たずに◯◯するな」というテーマでお送りします。
ただし、ほんのひとにぎりの「天才」のある人は該当しないかもしれません。

覚悟という言葉の定義

まず「覚悟」という言葉の定義を確認しておきます。言葉の定義、というか、言葉から感じるニュアンスは人によって異なり、そこにズレがあると話の内容もズレた受け取られ方をしますので。

この記事でいう「覚悟」とは、「もしかしたら不利益または不快であると予想される事柄を、あらかじめ知っておいて、受け入れること」とします。ジュースを買ったらお金が減るけど、今はジュースを飲みたいから、お金が減ることをあらかじめ分かったうえで受け入れる。これは、お金が減るということに対しての覚悟を持っているということです。

ちゃんと努力をする覚悟

ネットの記事で見かけたので真偽は未確認ですが、卓球の水谷選手がおっしゃっていたそうです。「どうしたら卓球がうまくなりますか」という質問をされるのがイヤだと。おそらく、この質問をされるのがイヤになる経緯があったのでしょうね。何度も何度も訊かれたんだと思います。そして、その質問の裏にある真意が「簡単に卓球が上手になるコツを教えてよ」ということにあると気づいたんでしょうね。そして、そんな近道なんて無いということをご自身が知っていらっしゃるので、その質問がイヤになっていったんだと推察します。

私はパソコンのキーボードでのタイピングが人より速いです。もちろん私よりさらに速い人もたくさん居ますが、平均よりは随分と速いという自信があります。だからたまに訊かれるんですね。「どうやったら速くタイピングができるようになりますか?」と。いちおうコツ(?)として指使いを自己流にせずセオリーどおりにやるというのがありますが、それより大切なのは、セオリーを守ったうえですごくたくさん練習することです。簡単にできるようになるコツなんてなくて、とにかくたくさん練習するしかありません。それがイヤなら、タイピングが速くなることは諦めるしかありません。

何かについて上手になるには、そのための努力をたくさんする覚悟が必要です。考え方はシンプルであっても、その道は決してイージーではありません。ちゃんとしっかりと努力する覚悟がないなら、それほど上手にはなれないということを知っておきましょう。

なにかを捨てる覚悟

我々のような凡人=普通の人は、いろいろな制約の中で行きています。時間は有限だし、能力面で出来ることは限られているし、なんでも自由にできるわけではありません。あ、お金も限りありますよね。そうすると、今の生活を変えて新しい何かを得ようと思ったら、捨てる覚悟が必要になります。

たとえば、フルタイムで働くサラリーマン。さらに残業もして忙しいです。でも、その分だけ給料は良いとします。自由に使える時間がほしい。もっと休息をしっかりとりたい。そうするためには、働く時間を減らすことが必要で、残業代が減るとか、転職をして給料が下がるとか、覚悟をしないといけないかもしれません。逆に年収アップの転職をしようと、資格やその他の勉強をするのもいいですが、そのためには一時的にさらに寝る時間を削ってでも勉強するという覚悟が必要だったりもします。ゆっくりした将来の時間を得るために一時的であっても何かを捨てる覚悟ですね。収入を捨てるか、一時的な時間を捨てるか。

たとえば、専業主婦の人。あるときふと参加したセミナーに参加して、素敵な講師の先生にあこがれを持った。私も同じようになりたい!でも、その先生に相談したら、SNSで顔出しをしたほうがいいと言われた。私はネットに顔出しなんてしたくない。今までの平穏な生活を維持したまま、先生のようにあこがれられる存在になりたい……。
ネットにおける顔出し効果の大小は置いておいて、人前に出る仕事がしたいのに、顔が広まるのはイヤだとか、おそらく両立しませんよね。片方を諦めるしかありません。

プロが持つべき責任と覚悟

趣味でやっている卓球やパソコンならば、覚悟がなくて、それで諦めるのもいいと思います。でも、プロとしてお金をもらう以上は諦めたらいけないことがあるはずです。それは、仕事によって違ってくるけど、少なくとも労働集約型のお仕事をしているのであれば、自分の時間を差し出す覚悟は必要ですよね。サラリーマンならなおさらです。たとえば私たちのような仕事であれば対人的な覚悟がいろいろと必要です。100%ではないとしても、相手の都合にあるていどは合わせる覚悟。お伝えすることに関して勉強や学習をする覚悟。場にふさわしい服装を整える覚悟。マルエーで買い物をしているときに「◯◯先生!」と声をかけられる覚悟、とか。

お金をいただいてやる以上は、そこに責任がともないます。少なくともいただくお金と等価の価値を相手に提供する義務が発生します。そのことを受け入れるというのもある意味ではひとつの覚悟といえるでしょう。「わたし、そこまで出来ないわ」というのであれば、お金をいただくのをやめて、プロの舞台には上がらないようにすべきです。

物事には陰陽のバランスがあるのです

タイピングが速くなるために私と同じだけの努力が必要とはかぎりません。顔出しをしなくても人気講師になれる方法もおそらくはあるでしょう。でも、今とちがう自分になるとか、今は持っていない何かを持つようようなるとか、何がしかの変化を求めるのであれば、その分、別のところで何かの変化を生みます。物事には陰と陽があって、それは必ずしも悪いことと良いこととの対比ではないかもしれないけれども、他をまったく変えずに、欲しいところだけ変えるというのは普通は無理なんだと思います。だから、何かがどうかなる覚悟は、それがなければ諦めるしかないということはあるのだろうなと思います。

あっちを立てると、こっちが立たない。もどかしいけど、世の中は、何かのプラスと、別の何かのマイナスで成り立っているのです。

 


 



スマホ通知の嵐から自分を解放する

思考力トレーナーの永江です。
最近はスマートフォンを利用する人が多くなり、私がお付き合いある人はおそらくすべてといっていいくらいです。
そして、スマホ(=スマートフォン)にはメッセージを受取るアプリがインストールしてあって……。

あちらこちらから聴こえる通知音

とくに電源を切ったりマナーモードにしたりしなくてもよい状況に人が集まっていると、あちらこちらから通知音が聴こえます。メールでしょうか、LINEでしょうか、Facebookの何かでしょうか、電話でしょうか。今はちょっとした連絡ならスマホでササッとできるので便利です。そして、ほとんどの人が持っているので、人が集まれば、それだけ通知音が聴こえてくる確率が上がります。

通知に反応していることの無駄

ちょっとした連絡をスマホでする。スマホを使えば気軽に連絡がとれる。おそらく、スマホが普及するより前、さらに、携帯電話が普及するより前、比較すると今は、連絡をとることのハードルが下がった状態だといえるでしょう。固定電話しかなかった時代と比べればとても分かりやすですが、固定電話のある場所からじゃなければ連絡できないし、電話の交換を相手に依頼するのも面倒です。ビジネスシーンならばマナーやなにやらも考えなくてはいけないし。

でも、以前はそれでも事は済んでいたんです。それが、気軽に連絡できるようになったために、本当になんでもないことでも、とりあえずいっぺんメッセージを送っておこうというくらいにみんな気軽に送っています。だから、いちいちそれに反応するということは、たいした用事じゃないものにも反応することになって無駄なのです。さらに、自分が何か他のことをしている途中の場合はそれが中断されてしまい、通知を確認して反応して、また戻って途中になった何かを再開するのもすごく無駄な動きになってしまいます。

反応する動きは、タイミングを決めてまとめてやる

これは仕事術としてのことですが、反応する動きは、タイミングを決めてまとめてやるのがいいです。つまり、通知音が鳴るたびにいちいち確認するのではなく、ある時間までチラッとも見ないで溜めておいて、後でまとめて確認と反応をするということです。緊急の用事かもしれないと思われるかもしれませんが、緊急の用事なら、少なくともLINEの文字チャットなどで知らせてきません。せめて音声通話でしょう。メールなんて使うわけないし、SNSのメッセージなんてありえないです。

小さな動きをちょっとずつバラバラのタイミングでやると、その前後に「助走」や「準備」あるいは「後片付け」にも似た本筋の行動ではない行動が発生します。細かいことならスマホをバッグから取り出して、暗証番号を入れて、……、というような動きです。これは回数が増えればそれだけ増えます。まとめてやれば短縮できます。なにより、ちょこちょこ通知が来るという煩わしさがいけません。タイミングを決めて、マナーモードか、電源OFFにして、カバンに入れて、通知があっても知らんぷりをする時間帯をしっかり持っておきましょう。

 

ちなみに、通知音から自分を解放してあげるのは、状況によっては好ましくないこともあります。ただ、仕事関係については本当に無駄だと思えることがたくさんあるので、みなさんも自分のことについていちど見直してみることをお勧めします。

 


 



褒めることの重要性についてあらためて考えてみる

人事系コンサルタントの永江です。
今の私は「部下」という存在を直接に持っていないのですが、かつて会社に勤めて管理職だった時代には部下が居ました。そして、そこでは失敗をしたことも……。

褒めることなく、たまの失敗に厳しく叱る

ある部下スタッフに対してのこと。ふだんは淡々と業務をこなしていて、大きなミスもなく、今思えば本当によくできた部下でした。その部下が、あるときに、ちょっとしたミスをしてしまい、そのために他部署に迷惑をかけるということが起きました。自部署の中ですむことではなかったので問題が大きいと考え、私はその部下を叱りました。

まだまだ私も未熟でしたし、管理職としては本当に反省すべきですが、ふだんの淡々とこなしている素晴らしい仕事ぶりを褒めることがありませんでした。できて当然とでも思っていたのでしょうかね。そして、ちゃんとしっかり仕事をしていることを褒めることなく、叱るときには厳しくやってしまいました。

叱るなとは言わないが、それよりたくさん褒めよう

「叱るより、褒めよ」という言い方をよく耳します。今ならウェブ上の記事などで「目」にします。これはおそらくバランスをとるための言い方なのであって、まったく叱らなくてよいということはないのだろうと思っています。でも、私たちは、ふだんのしっかり行われた業務よりも、たった一回のミスにどうしても大きく反応してしまいます。そうすると生まれるのが、「ちっとも褒めないけど、小さなミスでもすぐに叱る上司」です。

仮に50対50のバランスでいいとしても、意識としては90対10くらいで褒めることを多くするようにしなければ、おそらく正しいバランスにはならないと思います。それは、先に述べたように、どうしてもミスに対してのほうが大きく反応してしまうからです。だから、もう、めんどうくさいと思われるほど、たくさん褒めるように意識を持っておくのが良いのではないでしょうか。

 


 



考える余地や 工夫の余白

思考力トレーナーの永江です。
子どもが発明したというものをテレビ番組で紹介していました。いくつか紹介されていましたが、どれもすごく考えられていて素晴らしい。

今あるものをもっと良くしたいという思いがきっかけ

ある発明では、もともと世の中に存在していて、広くみんなのまわりにあるもを改良してよりよいものに変えていました。まず、今あるものに着目し、みんなが「そういうものだよね」と思っていることに対して「もっと良く」と考える思考が素晴らしいと思います。そして、「もっと良く」と考えたときに、どうしたら良くなるのかを徹底的に研究したようです。時間をかけて、あきらめずに、いろいろな工夫や、他からヒントを得たアイデアを組み合わせて、とても素晴らしい発明品を作っていました。

常に工夫を考えて、ちょっとした発明をいくつも

また別の発明をした子は、これまでにいくつもの発明をしてきたということでした。その発明はどれもちょっとしたもので、生活の中で本当にちょっとした便利さを生むものです。おそらく多くの人にとっては必要なくて、それがなくてもなんとかなるものです。でも、自分の暮らしの中で常に工夫を考えて、自分の身の回りがちょっと良くなるというものです。ここでは、常に工夫を考えているという思考の継続性に感心させられました。

「こんなものだよね」と諦めないことの大切さ

大人になってくるといろいろなものを見聞きしてきます。だから、「これは、こんなものだよね」という諦めの思いを持つことはたくさんあります。でも、この番組を観ていて思ったのは、何からの考える余地や工夫の余白は無くならないということです。もちろん、その工夫をしている間に次のことをしてしまったほうが良い場合もあります。スピードも人生の中では考慮すべき要素ですから。でも、ただ単に「こんなものだよね」と諦めるのではなく、考える余地や工夫の余白はきっとあるという意識は持っていると良さそうに感じています。

 


 



人材要件の軸をしっかりと定める【零細企業の人材確保】

人事系コンサルタントの永江です。
最近は零細企業にかぎらず、組織が人材を確保するのが難しい状況のようです。
しかし、確保が難しいからといって入社してくれそうな人ならなんでもかんでも採用というわけにもいきません。しっかりと軸を定めて基準をもって採用活動を行いましょう。

人材要件の軸とは

人材要件の軸とは、どんな要素をもって採用可否の基準とつくるかという判断軸のことです。たとえば法人に対しての営業力や経験のていどを重要な判断材料にするとか、ある専門分野についての経験がどれくらいあるかを判断材料にするとかです。軸はいろいろと考えられるのですが、とうぜん、会社の事業および募集職種において重要な事柄でなければいけません。人材募集をかけるときの初期段階でしっかり考えておくべきことのひとつでしょう。

人材要件の軸が定まっていないと

人材要件の軸が定まっていないと、本来ならあまり必要でないスキルに惹かれて採用を決断してしまうかもしれません。そうすると、何かについて素晴らし能力をもっている人であっても自社で望むような活躍ができない可能性が高くなるかもしれません。あるいは、「この人、すごい!ぜひ、うちに来てほしい」と思って採用したのに、「思っていたイメージとちがう」となって入社後に冷遇してしまうかもしれません。

これらのことは、人材要件の軸が定まっていないことによって起きます。軸がしっかり決められていれば、そのそのモノサシを当てて判断できます。決まった軸のほかの要素によって惑わされることも減らせるでしょう。判断基準が定まっているということの前に、その基準を何によって設けるかという軸が明確であるのがよいです。

人材要件の軸を定めるための手順

人材要件の軸を定めるには、会社の事業と、事業の中での募集職種をきちんと定義づけておく必要があります。世の中にある一般的なイメージで「こうだろうな」と考えるのではなく、自社独自のものとして定義づけをします。定義づけはできるだけ細かく言語でします。ここであいまいにすると軸や基準もあいまいになるので注意しましょう。

業種や職種の内容が定義づけできたら、そこで現在の会社における不足点を言語化します。さらにその中で重要度が高く、かつ、不足の度合いが高いものをピックアップします。重要度と不速度の掛け算で数値化できると理想です。掛け算で数値が大きいものを最優先する軸として定め、さらに採用可否判断の基準となる程度を決めます。こうやって決めた軸と基準からズレないように採用活動を進めましょう。

人材に不足を感じていると「早く」という意識がどうしても働きます。でも、あたりまえですが、採用してからの時間のほうがずっと長いし、失敗したときの影響はすごく大きいです。軸をしっかりと定める。これを意識してみることをお勧めします。

 


 



セミナーや説明文章における「嘘も方便」

思考力トレーナーの永江です。
私はセミナーの中で、あるいは何かを説明する文章の中で「事例」を挙げることがあります。

事例によって具体的なイメージを持ってもらえる

ざっくりいうと、何かを説明するときには全体のまとめを伝え、そのあとで具体的なことを伝えると伝わりやすいです。たとえば……、

僕の宝物は家族です。家族はお父さんとお母さんとお兄ちゃんです。お父さんは◯◯をしていて、……

こういう構成の文章だと伝わりやすいです。だから、私のセミナーでのお話や、何かを説明する文章では、これから話す内容の要約を先に伝え、そのあとでだんだん内容を細かくしていき、いちばんに具体的なことを伝えるときに「事例」を紹介したりします。要約としてまとめた言葉は普遍的な意味を持ちますが、具体的な事例があると実際のイメージがリアルに持てます。抽象的な要約と、具体的な事例の、両方があるとよいので事例を使ってお話をします。

かならずしも、事例は事実でなくてもよい

具体的なイメージを持ってもらうのが事例の目的であれば、その目的を達成するためにはかならずしも本当の事実である必要はありません。事例が事実であるかどうかなんて相手には分からないことが多いし、本当に伝えるべきことが抽象的な普遍性の部分であれば具体例はイメージを持ってもらうための手段にすぎません。だからその場の創作でもなんら問題はありません。

この話をある人にしたときに「でも、やっぱり、嘘はよくない」と入れました。事実でないものは嘘になるんですね。おそらくこの人は、何が目的で何がそのための手段なのか切り分けができていないと思います。そのときに達成すべきものは何なのかと考えるとわかるはずだと思うのですが……。

 

「嘘も方便」というと、悪い事のいいわけをしているみたいに受け取る人もいるかもしれません。でも、そもそもぜんぜん悪いことはしていないのです。伝えるべきことを伝えるために、いろいろな手段を使う。そのうちの1つにすぎません。