論理的思考の敵は「思い込み」

思考力トレーナーの永江です。
論理的な思考をするときに、敵となるのは「思い込み」です。

思い込みのいろいろ

まず、「思い込み」にはいろいろなパターンがあることを書いておきます。認知療法の勉強などをされた人はご存知かと思います。

たとえば物事の一部分だけを情報として受け取り、そこから非論理的に全体についての判断をしてしまうことがあります。全体のことを考えるときに使っているのが先入観であったり決めつけであったりし、過度の一般化や過大評価につながります。逆に、過小評価をすることも思い込みの1パターンとしてあるし、無理矢理に白か黒かといったステレオタイプに分類しようとすることもあります。

「思い込み」となる思考には、感情や感覚が不用意に入り込んでいると私は思います。本来なら論理的にとらえるのが良い事柄であっても、感覚で「こうだよね」と決めつける。その感覚が理論に裏打ちされたものなら良いですが、そこまでに達するにはその分野の経験を豊富に積まないといけません。

思い込みを排除するには

おそらく人が自然に身につけているのが「思い込む」という能力です。だからそれを排除するのはラクではないのですが、できないことではありません。それにはまず、「自分のこの考えは、思い込みではないのか」と疑うように注意することから始めましょう。定義や定理ではない事柄については、まず思い込みに注意をするように心がけます。

そして、思い込みに陥らないためには、なるべくたくさんの情報を集めて、それらの全てに対して平等に接し、事実だけを、淡々と、受け取るようにしましょう。思い込みをもった状態は、情報の一つ一つを平等に扱わずに、非論理的に勝手に評価をしてから受け取ってしまいます。これをしないようにして、ある意味では機械のように情報に接します。

「べき論」に注意する

「◯◯はこうあるべき」「△△はこうでなくてはならない」というような「べき論」は思い込みであることが多いです。世の中はとても複雑であって、そうでない場合でも成立するのに、こうであるべきだと他を否定するのは正しいことではありません。結果的に自分の選択肢を少なくしてしまい、求める結果が得られないことにも繋がります。論理的な思考のためにも、「べき論」には注意しましょう。

敵をやっつける武器は「冷静さ」

本当に論理的に思考をする人は、傍で見ているとすごく冷静に見えます。ときには冷淡に見えることもあるかもしれません。それはおそらく、論理的思考の敵である「思い込み」が感情から生まれたものであって、熱を伴うからかもしれません。その熱を持っていないから冷静あるいは冷淡に見えます。

これは別に悪いことではなくて、ロジカルに考えるのがふさわしい場面で冷静さが求められるのは、ほとんど異論の出ないところだと思います。やっぱり、ロジカルシンキング=論理的な思考に必要なのは冷静さであって、「思い込み」という敵をやっつけるための武器になるものだと思います。

 

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朝の時間を活用することを人材育成にも当てはめてみる【零細企業の人材育成】

人事系コンサルタントの永江です。
私は朝がけっこう早いです。
これは、特にそうするようなきっかけがあったわけではなくて、子どもの頃から自然とそうなっていました。
たまたまそうだっただけではあるのですが、良かったと思うことがいっぱいあります。

朝の時間帯を活用した理由

朝というのは、基本的には、寝て、起きたあとのしばらくの時間です。だから、脳も体も休息をしたあとであり、なにかやるにしても集中しやすく効率も良いです。また、朝日を浴びることで身体的な良い影響もあるようで、ちゃんと朝は起きて、意味のある活動をするのにとても向いている時間帯というこです。

「朝が弱い」のウソ

まあ、ウソとまで言うと言い過ぎだとは思いますが……。「朝が弱い」とか「朝が苦手」といって、しかもそれを言い訳のように使う人を私は信用しません。なぜなら、その人も、他の人と同じように24時間の枠の中で生活をしているからです。精神状態などの理由で夜に寝付けないこともあるとは思いますが、やっぱり、基本的に、「朝が弱い」というのは、正しくもない言い訳にしかならないと思います。

朝にできる人材育成のヒント

さてさて、人材育成にあてはめて考えます。育成の対象となるスタッフにとっても、とうぜん、朝の時間帯は価値あるものです。昼ごはんを食べたあとに眠くなる時間帯よりも、だんだん疲れてきた夕方の時間帯よりも、しゃきっと集中して物事に取り組めるのが朝の時間帯です。だから、アタマを使って自分で考えなくてはいけないことや、集中して取り組むべきことを朝の時間にさせるようにします。

一方で、あまり考えなくてもいいルーティン作業や、あーもこーもなくやらざるを得ないのでやってしまう作業などは、午後からの時間帯でやってもらいます。もちろん、取引先との約束などがあってそのとおりにいかないこともあると思いますが、基本的な原則としてそういう時間の使い方をオススメします。

効率良い時間の使い方をクセ付ける

エネルギーがより必要なことを朝の時間帯にさせるようにして、時間を効率よく使うクセを身につけさせます。そうすれば、その人の成長速度はそうじゃないときより速くなるし、会社に対する貢献度合いも高まります。もちろんそれは会社にとっても良いことなので、やらない理由がありません。

効率良い時間の使い方をするクセをつけさせて、どんどん成長してもらって、会社の利益に貢献してもらいましょう。

 


 



細かな部分のことを考えながら、全体も見る

思考力トレーナーの永江です。
あることについて考えているとき、集中していると、逆にそのことだけしか見えなくなっていないでしょうか。

たとえば自動車を運転しているときに……

たとえば自動車の運転をしていて、少しさきに横断歩道があるとします。とうぜん、横断歩道を誰かが渡ろうとしないかと注意します。でも、横断歩道に注意をしながらも、それ以外の場所にも気を配らなくてはいけません。何かの物陰、交差点、路地がないか、道路標識など視界に入るものすべて、さらにいえば、視界に入っていないものにも「かもしれない運転」で注意するのが理想です。

自動車を運転するときに、想定される危険はさまざまなところにあります。また、窓の外だけでなく、車内にあるメーター類にも目を向けなくてはいけません。つまり、何かひとつのことに集中してしまうのは危険だということです。「運転に集中しよう」という言い方をしたりもしますが、「運転する」ということを全体的にみてみたら、何かに集中するのは良くないです。

アリさんの目、トリさんの目

思考の視点をどう持つかということで、アリさんの目、トリさんの目、というような話をよく聞きます。私も社員研修などを担当させていただくときに話すことがあります。アリさんの目は対象のすぐ近くにあって、細かく詳細に対象のことを捉えます。一方のトリさんの目は遠くから全体を俯瞰して眺めます。アリさんは物事の一部しか見えないけれど細かいことまで分かり、トリさんは細かいことは分からなくても全体の中でその一部がどうであるのかを分かります。

視点のこの話はどちらが良いとかいうことではありません。いずれの持っていて、適宜に使い分けるのが良いということです。考えるべき対象の詳細を知ることも必要だし、全体の中でそれがどうあるのかということも考えなくてはいけないのです。アリさんの目で見る、次の瞬間にトリさんの目に切り替える。行ったり来たりしながら考えられるようにしましょう。

リアルに描かれたウサギの絵

私が高校生くらいのときに、ある新聞の記事があり、その切り抜きを長く財布に入れていました。その記事は、あるリアルなウサギの絵を紹介するものです。とにかくリアルに描かれたウサギは、毛の一本一本に至るまで細かく描写されています。もちろん毛のほかにも、ウサギのまわりの地面などもたいへんリアルに細かく描いてあります。でも、その絵がウサギの絵として成立するには、細かい描写だけではダメで、全体としてしっかりと躍動感あるウサギになっているわけです。細かい部分についてしっかり丁寧に描かれていることと、全体としてバッチリとウサギであるということ、その両方があってリアルなウサギの絵が成立している。「両立が重要」ということを主張した記事であったと記憶しています。

 

細かい部分について考えることも大切です。でも、同時に全体のことも大切です。局所を見ていると、それが素晴らしくうまくいっていると思っても、全体の中では何かバランスが悪いこともあります。私たちがなにか事にあたるとき、細かな部分のことを考えながら、全体も見るという視点を持っているようにしましょうね。

 


 



人の心や感性に気を配る【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
経営者が自然に陥りがちな思考について、その注意点。

日常の経営は左脳的になりがち

経営者の思考は左脳的になりがちです。未来のことをイメージしたりするのは右脳的な活動なのですが、日々の経営はきわめて左脳的。収支を考えたり、キャッシュフローを考えたりする数字の計算や、経営計画にもとづいたプロジェクトやタスクの管理など、左の脳みそが大活躍です。小さな会社であれば社長はそういうことを日常的に考えていますから、頭の使い方そのものがしだいに左脳的になっていきます。

スタッフは右脳的な感性を持っている

もちろん経営者だって右脳的な感性を持っているのですが、上述のような傾向が出てしまう。それに対して従業員スタッフは、その人の中の割合として社長よりも右脳的な思考が強くなります。本来はこちらがヒトとして一般的なのかもしれませんね。仕事をしながらでも、右脳的な感性や感情、心の部分がバンバン出てきます。

社長に気をつけてほしいのは、その、スタッフがバンバン発揮してしまう感性や感情の部分も大切にするということです。良いことだとは思いませんが、どうしても感情が仕事に影響を及ぼします。イライラしていたら仕事の質が落ちるかもしれません。他のことが気になって仕事に集中できずにミスをするかもしれません。どうしても仕事に影響してしまう要素として心や感性というものを持っているのです。

人の心や感性に気を配る

考えてみたら従業員だけではなく、社長さんはたくさんの他人を交流をします。そしてそのすべての人が心や感性を持っています。社長がいくら左脳的に理性で物事を考えても行動をしても、相手は感情をもった人間です。その人達の心や感性に気を配るのは、ある意味ではマナーだともいえるかもしれません。

そして、従業員スタッフは会社にとっての財産です。その財産を大切に考えるなら、心や感性、感情の部分も大切にしなければいけません。経営者の日常は左脳的なアタマの使い方になりがちなので、バランスをとるために、人の心や感性に気を配ることを強めに意識することをお勧めいたします。

 


 



叱るときはスパッと一瞬で【零細企業の人材育成】

人材育成コンサルタントの永江です。
社長さんが従業員を叱る場面、上司が部下を叱る場面、先生が生徒を叱る場面、いずれもスパッと一瞬で終わらせるのがよいです。

長々とお説教が続く人

いらっしゃいますよね。叱るというよりも、注意を与えるということで、長々とお説教をしつづける人。私は出くわしたことがないのですが、30分から1時間という人も珍しくなく、それより長く数時間という人もいらっしゃるそうです。いけません。

説教が長くなる人は、たとえば自分の説明が相手に正しく伝わっているのかどうか自信がないのかもしれません。ちゃんと伝わらないとまた同じ失敗をする。だから、自分で納得できるまで説明を続けるのだ。あるいは、部下が犯したミスに対してのマイナスの感情を説教することで晴らそうとしているのかもしれません。実はこの感情は説教しつづけることで晴れるものではないので、延々と説教が続きます。

長い説教のメリットとデメリット

長い説教のメリットは……、おそらく無いです。本人の気が晴れるかというとそうでもないですし、それによって部下の成長が促進されるかというとそれもありません。まあ、「おれがたっぷりと指導してやった」と勘違いしている人もいるかもしれませんが、実際にそういうことはありません。だから、メリットはないと思ってもらってけっこうです。

デメリットはたくさんあります。仕事の中なら時間が無駄になります。そして時間をかけたわりに叱られている従業員の心には響きません。「早くおわらないかな」くらいのことを思われて話の中身を聞いてもらえなくなるのが関の山。お互いに不愉快な感情だけが残って教育効果が薄いのが、長い説教というものです。

注意喚起、叱るときはスパッと!

とはいえ、従業員は失敗をします。人間ですし、自分よりも経験が浅いのであればなおさら。注意を与えなくてはいけない場面や、指導すべき状態になっていることはおおいにありえます。そのときには、スパッと短時間で、できるだけ短く叱って、それでおしまいにします。

インパクトを与えるためにキツい言い方をするのは場合によっては有効です。ただ、これはキャラクターによるので、ただ単に、ダメだった箇所を短く指摘して、どうするのが良かったかを考える機会と時間を与えます。短いやりとりだと伝わらない心配を持つかもしれませんが、短く伝える工夫と努力は経営者に必要なものだと考えます。できないのであればトレーニングすべき事柄のひとつだと思います。

従業員・スタッフに注意を与えるときには、あるいは叱るときには、短くスパッと一瞬で終わらせることをお勧めします。

 


 



成果を出すには素直さが大切

永江です。
加賀市で学習塾をしながら、金沢でも学習塾の講師をやり、思考力トレーナーとして個人むけのコンサルティングもやっています。今日は、その中で感じることについてのお話です。

成果が出やすい人とそうでない人

企業組織をクライアントとするコンサルティングとは違って、学習指導や個人コンサルティングは、まさに個人が相手です。そうすると、私がやっていることの成果は、その個人がどう変化するかに現れます。学力が上がったかどうか。資格試験に合格したかどうか。思い描いたような就職ができたかどうか。収入を増やすことができたかどうか。

いろいろな人の成果の上がりぐあいを比べてみるとやはり傾向が見られます。数値として統計をとっているわけではないですが体感として分かります。基本的に、私がアドバイスをしたことを素直に受け入れる人は成果が出やすく、そうでない人はそれなりです。やっぱり、素直さというものは大切だと思います。

アドバイスを受け入れる素直さとは

素直であるということは、なんでもかんでも言うとおりにするということではありません。コンサルティングを受けたり、学習指導を受けたりする場合であれば、アドバイスを実行せずして否定しないということになります。「◯◯をやってみてはどうですか」と伝えたときに、やる前からそれを否定するのかしないのか。素直な人は、まず、とりあえずやってみる行動力があります。

やらない理由はいくらでも言えるのですが、とにかくやる前から否定する人は成長もしないですね。やってみて、頻度や回数、レベルなどの点で言ったとおりにはできないこともあります。それでも、否定してやらないよりは格段に違いがあります。やってみることではじめて見える景色がありますからね。

そもそも何かの相談ごとに来るとか、コンサルティングを受けるとか、学習塾で勉強をするとか、いずれの場合も課題があるから来ているわけです。課題がある状態を改善するためには、これまでの自分のどこかを変えないといけません。つまり、改善したければ変化が前提となるわけです。

変化が前提なのに、人からの助言を受け入れずに、とにかく言い訳をならべて実行しない。もちろん、私が伝えることが必ず正解とは限りません。私のアドバイスに沿って実行をして、うまくいかない可能性はあります。でも、成果を出す人は、助言どおりにやってうまくいかなくても、まず文句などを言うことはありません。前向きに、次のチャレンジに向かいます。こういう姿勢が、課題を克服する変化につながるのでしょうね。

 


 



上に立つものが持つ「ちゃんと説明する」という責任

思考力トレーナーで、人事系コンサルタントの永江です。

そういうものだから、そうする。決まりだから、ルールだから。

しばしば耳にすることです。学習塾や学校で生徒が「どうしてそうなるの?」と先生に尋ねます。それにたいして先生の答えが「そういうものだから、そう覚えておいて。」というもの。会社でも同様の場面があって、私自身が何度も出くわしました。部下が上司に「これをこうするのは、なぜでしょうか?」と質問すると、上司が部下に答えるのが「会社の決定だから。」とか「そういう決まりだから。」というものです。

言葉の意味として間違いではないんですよね。そういうものだから、そうする、そうなる。決まりだから、そうする。決定事項であるからそうする。それ自体は間違ってはいないことがほとんだと思います。

理由を伝えられないことの弊害やデメリット

そういうものであるとか、決まりであるとかは、たしかにそのとおりなのでしょうが、言われたほうはそれで納得するのでしょうか。私が接するケースだけではないと思うのですが、やはりどこかに不満げな感じになってしまうと思います。学校や塾の生徒なら、モヤモヤした感じで無理やり覚えようとするから勉強が楽しくありません。会社の部下なら、不満を持ちながらその業務にあたることになります。

子供の勉強についていえば、せっかく持った「どうしてだろう?」という好奇心を阻害することになります。会社の部下の例でいうと、意欲が低い状態で仕事をするのでパフォーマンスが悪くなる可能性があります。いずれにしても、理由が説明できないというのはあまりよろしくありmせん。

「そういうもの」だと伝えがちになる3つのパターン

学習塾や学校の勉強の場合は、事実として「そういうもの」だと言えるケースが3つに分類できます。ひとつは自然の摂理としてそうであるもの。2つめが、便宜上で誰かがそうだと決めて一般的に運用されていもの。3つめは、それによって成立する定理のようなものです。

1つめの自然の摂理は、たとえば万有引力があることのように、いわば「神がそうしたもうたこと」です。おそらくいくらつきつめても「理由」は分からず、せいぜい、「原理」を解明できるくらいでしょう。こういうものの説明に、私の場合なら、まさに「神様がそうしたのだ」と言います。これについては「理由などない」と言ってもいいし、我々が生きているこの世界は、そういう「神の創造物」のうえに成り立っています。

2つめのものは、たとえば数学で使う加減乗除の記号「+、ー、×、÷」や等号「=」や不等号「>、<」、簿記において貸借のどちらのグループを右にするのか、左にするのか、といった事柄などです。これらは、そもそもそうじゃなくても問題はなかったのですが、いったん誰かがそういうふうに決めて、あるいは自然に共通の符号としてみんなが使うようになって、それで、後世に生きる我々もそれに倣っているだけというものです。だから、これらについて「なぜ?」と質問されたら、私は、「誰かがそう決めた。誰かが決めなければ話が進まなかった。進めてくれた人に感謝しながら、それに倣って我々も話を進めよう。」と説明します。

3つめについては、1つめと2つめによって成立する事柄なので、それを使って説明できます。だから、3つめのことについて質問されて答えられないとしたら、その事柄について知識がないか、怠慢か、口止めをされているか、のどれかです。知識がないなら「すまないが、知らないのだ。」と正直に言う潔さがほしいところです。怠慢は論外なので心を入れ替えましょう。口止めというほどじゃなくても会社の場合なら、立場上の問題で言えないこともあると思います。この場合も「決まりだから」や「会社が決めたことだから」ではなくて、もっと上手な言い方を考えるべきだと思います。「すまないが、今は言えないのだ。申し訳ない。」と素直に言える上司のほうが部下は信頼するんじゃないでしょうか。

「上に立つ」ものの心構えとしての「ちゃんと説明する」姿勢

私は、上述の3つのパターンを意識したうえで「そういうものだから」と言っておしまいにすることを出来るだけ避けています。神様がそういうふうに作ったことと、誰かがそういうふうに決めたこと。これらは、本当にそのように伝えます。そして3つめのパターンについては全力で説明をします。分からない場合は「分からない」と答えます。塾の学習指導の場合は、自分への宿題として、次回までに調べて答えるようにしています。

会社員として働いていたときも、部下から質問されたときに「そういうもの」という言い方はぜったいにしないようにしていました。自分がそういう言われ方をしたときに納得できなかったからです。ときには、同僚の管理職が部下に対して「会社が決めたから」と言っているのを聞いて「彼にとってはあなたが『会社』なのだから、そういう言い方では不満が残る」と主張したこともあります。これは今になって考えると越権行為であった可能性もありますが……。

いずれにせよ、下から仰ぎ見られながら質問を受けたときに、それを受ける立場の人間は「ちゃんと説明する」姿勢が重要だと思います。そうでなければその立場にいることの責任を果たしているとはいえないとさえ思います。「調べてからあとで答える」でもかまわないと考えればそれほど大変ではないはずです。上に立つ人の心構えとして持っているといいのではないでしょうか。

 


 



言葉の定義を大切にすること

思考力トレーナーの永江です。
言葉には意味があって、その意味を共有できるからコミュニケーションが成立します。

辞書に載っている「言葉の定義」

国語辞典などには、言葉が持っている意味が掲載されています。ひとつひとつが「言葉の定義」と言ってもいいのではないかと思います。言葉によっては複数の意味があって、数字をふって順番に説明されています。知らない言葉であればその意味を知ることができて、知っている言葉であっても自分の知らなかった意味に出会うことができます。基本的に、辞書に載っている「言葉の定義」は、学者さんというか、その言語の専門家の方々が認定されたものだと思いますが、あるていど広く一般的な使い方に沿ったものだと思います。だから、辞書に掲載されている意味でその言葉を使っていれば、間違いということはないはずです。

自分自身の認識をもとに言葉を使う

では、我々がふだんから辞書に載っている意味で言葉を使っているかというと、実はそうではありません。辞書を片手に確認しながら言葉を使うことはないですから。ふだん言葉を使うときは、自分の頭の中にある認識をもとに作文しています。場合によっては辞書を見ることもあると思いますが、ほとんどの場合で、我々は自分自身の認識をもとに言葉を使っているわけです。

人によって言葉の認識にズレがあり、誤解が生まれる要因となる

あるひとつの言葉についてお互いが持っている認識がピッタリと合致していれば誤解を生んだりすることも少なくなるでしょう。でも、ちょっとした認識のズレはどうしても発生します。ある言葉に持っている認識、そして、その言葉から受ける印象やイメージは、どうしても個々人によって差があります。ところが、この差異は、なかなかコミュニケーション中の前提としにくく、むしろ差異がないことを前提として言葉のやりとりをしがちです。だから、言葉の認識のズレはそのまま残り、誤解や行き違いが生まれる要因となります。

誤解なく伝えるためには、言葉の定義を意識しよう

言葉を使うということは、相手に何かを伝えようとするからです。もちろん、独り言のようなものもありますが、基本的にはコミュニケーションのために言葉があります。ということは、誤解のある状態で言葉を相手に渡してしまうのはもったいなくて、正しく伝わるに越したことはありません。言葉の意味には定義があるが、それは人によってズレていることも大いにありえる。だから、相手に伝えるときには、言葉の定義、言葉が持っている意味において、相手と認識を共有できているかに注意しましょう。ちょっと面倒くさそうですが、けっこう大切なことだと思います。

 


 



言葉の不足が命取りになる?【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
物事には「過不足なく」という言い方でそれを推奨するこがありますが、今回は、言葉が不足したときの問題についてです。

他人の考えていることなど分からない

先にこういうことを書くと身も蓋もないのですが、誰しも、他人が考えていることなんか分かりません。分からないから言葉を使ってコミュニケートするのだし、ときには質問をしたり、確認をしたりしながら相手の意向を受け取ります。

自分が他人の考えを分かるわけないのだから、相手からしても同じです。相手はあなたの考えを知りません。付き合いが長くなるとなんとなくで通じそうに感じたりしますが、それでも完全なわけはないし、思っている以上に自分の考えは相手に伝わっていない可能性があります。

分かってもらうためには言葉をつかう

人間社会で、自分の考えや思ったことを伝えるためには言葉を中心としたコミュニケーションの手法を使います。図や写真などで伝えることもありますが、ベースになるのは言葉です。だから、言葉をつむいで文章にするときに、ちゃんと伝わるかどうかを考える必要があります。

たったひとつの言葉で思いが伝わることもあります。ただし、それは前後の関係性や経緯があってのことであったり、しっかりと意味をもったビジュアル要素があったりするからだと思います。言葉の単体たったひとつで伝わることは少ないです。だから、そもそも言葉は、不足する可能性があるものなのです。

言葉が不足すると誤解や勘違いが生まれる

言葉が少ない状態は、受け手からすると理解のしかたに多様性というか、相手が本当に伝えたいこととは違う意味で受け取れる可能性のようなものを生み出してしまいます。
「A社あての見積書をつくっておいて」
という指示を部下に出したとして、部下は、パソコンの中のデータとして作っておけばいいと思うかもしれないし、プリントアウトしておくところまでやれということかと考えるかもしれないし、印刷して封筒に入れるところまでやるべきなのだと思うかもしれません。しかも、先へ先へとやっておけばより良いようにも思えますが、パソコンのデータとしての段階で指示者が確認をしたいのかもしれません。それは言わなければ分かりません。だから、「言わなくても分かるだろ」ではなく、ちゃんと具体的で誤解のない指示を出すべきなのです。

誤解や勘違いで生まれることの大小

紙に印刷するかどうかレベルなら、一枚の紙を無駄にするかどうかというていどです。でも、誤解や勘違いによって生まれる事柄の大小はどんなものがあるか分かりません。言葉が足りない人は、事柄が大きかろうが小さかろうが同じように言葉の不足を発生させるからです。

当然ですが、事柄が大きい場合に勘違いがあると、会社にとっての損失や、取引先にかける迷惑度合いも大きくなる可能性があります。場合によってはそれが会社にとっての命取りになるかもしれません。そこまでは大げさだとしても、部下との関係性や、業務の進行などに大きな影響をおよぼすことも考えられなくはありません。誤解や勘違いを生じさせないようなコミュニケーションはとても重要なことなのです。

 

忙しいとき、どうしても言葉を端折りがちになる人がいます。気持ちは分かります。短い言葉でスパッと方向性示すこともリーダーとして必要です。しかし、十分に丁寧な言葉を補って誤解なく考えや意図を伝えることも、社長さんが従業員に接するすべての機会で気をつけなくていけないことなのではないかと思います。言葉の不足があなたの会社にとっての命取りにならないように気をつけましょう。

 


 



忙しい経営者は注意。メッセージのやりとりの終え方

思考力トレーナーの永江です。
ビジネスでも自分の頭を使って考えることを推奨します。

ビジネスメールでやりとりを終えるタイミング

もう何年も前になりますが、ビジネスメールのやりとりで、どこで終えるとよいかという記事を書きました。
ビジネスメールを終えるタイミング
要件が終わってからいつまでのお礼や謙遜やらのやりとりをするのは無駄であるということと、マナーを守ったレスポンスが必要という内容です。

基本的には、用件が終了したらそこで終了となるのですが、どちら側のどのタイミングで終わる、つまり、次の相手方のレスポンスが不要になるのかというです。これが分からない、または、正しくできていない人が残念ながらいらっしゃいます。実際に見聞きしたことがあったので記事にしたということでした。

メッセンジャーツールやSNSでも

上記の記事を書いたときには、ビジネスではEメールを中心に考えればよかったのですが、最近はSNS等のビジネスユースが普通です。私も、取引先の担当者さんやクライアントさんとSNSのメッセンジャーツール等でやりとりをします。スマホのビジネス利用も普通のことになっていますから、そういうことの影響もあるのでしょうね。気軽に手軽になった分、メールと同じように「どこでやりとりを終えるのか」ということを考えておくのも良いと思います。

無反応で終えてしまうことに注意

忙しい経営者さんに多いかもしれません。相手に何か返答を求めて、その返答が返ってきた。それを見て「OKわかった」と心の中で思って、無反応のまま終えるパターンです。「OK」と思ったのなら、そうそのまま返事を送ればいいんですよね。「既読」にはなっているから見ていることは伝わります。だけど、それに対して Yes なのか No なのか、はたまた別の答えなのか、ちゃんと言葉で伝えないと分かりません。

本当に、経営者さんはみんな忙しいです。くわえてスマホ等に慣れていないということもあると思います。だから、意図せず無反応な対応をしてしまって相手に心理的な負荷をかける。これ、本当に無自覚でやっていることが多いですから注意したほうが良いと思います。