人材育成とモチベーションと、気持ちの高揚の話【零細企業の人材育成】

人事系コンサルタントの永江です。
育成の対象となる従業員のモチベーションは高いに越したことはありません。ただし、モチベーションが高いと勘違いされる別の状態には注意です。

モチベーションってなんだろう?

まずモチベーションという言葉の意味を確認します。モチベーションとは、何らかの言動の動機であったり、目的意識であったり、「しよう」とする意欲のことです。今やっている勉強や仕事や作業の目的を知り、その意義を理解し、「だから、やろう」と思えていれば、集中して、質の良い行動につながりやすいです。だから、人材育成においては、対象となる人のモチベーションを高めようという話になってくるわけです。

モチベーションと勘違いされやすい「気持ちの高揚」

一方で、モチベーションが高い状態だと勘違いされやすい場面があって、それは気持ちが高揚してハイになっている状態です。「テンションが高い」といわれるものがそれに近くて、なんとなく気持ちが盛り上がっているだけです。「おすすめできない系の自己啓発セミナー」などは、参加者がこうなっている場合が多いです。

単なる気持ちの高揚は本来のモチベーションと違って、いちど冷めると戻すための労力を必要とします。本当のモチベーションは、しっかりした動機づけや目的意識なので、簡単に下がってしまうことはないはずなのに。

教育や育成の場面で重要な本来のモチベーション

教育や育成の場面では、対象となる人がしっかりした目的意識を持っていると学習効果が高まります。逆に「ただ言われたから」という乗りで研修に参加しても、時間を激しく浪費するだけで意味がありません。目的意識を持って、動機づけがしっかりした状態が本来の意味でのモチベーションが高い状態なので、意味ある研修にするためには非常に重要なものになります。

企業さんで研修を実施させていただくとき、このあたりに注意をしています。特に若い社員さんなんかはエネルギーがあるので、「テンションが高い状態」になりやすいです。それ自体は悪くないのですが、単に気持ちが高揚しているだけにならないように考えています。ちゃんと目的があって、それを理解して、動機づけがしっかりしている状態で研修が進むように工夫をしています。

 

ロジカルシンキングを実行するために必要な3つ

思考力トレーナーの永江です。
私はロジカルシンキングのセミナーをコンテンツとして持っています。また、私自身が、物事を論理的に考えるように努力をしています。そんな中で、私が考える「ロジカルシンキングを実行するために必要なこと」は大きくわけて3つです。

考えようとする意思

最初に挙げたいのは論理的に考えようとする意思です。ロジカルに考えようとしなければ人は感性に頼る部分が大きくなります。また、論理的に考えることが日常的にできていないと、思い込みや偏見が思考にするりと入り込みます。こうなるのを避けるのがロジカルへの道なので、あえて「論理的に考えよう」と意思を持つのが良いです。

考えることの土台となる知識

2つめに挙げるのは、考える土台=ベースとなる知識です。いくら意思があっても、3つめに挙げる技術があっても、思考の対象となるものの基本部分となる知識がなければどうにもなりません。経営のことを考えるなら経営について最低限の知識は必要です。だから、たとえばコンサルティングをするときには対象となる存在についてのヒアリングを入念に行うのです。コンサルの対象となる存在についての基礎知識があってはじめて丁寧で論理的な思考ができます。

適切に考えるための技術

3つめに考えておきたいのが技術です。ロジカルシンキングというものがナチュラルに出来てしまう人には不要ですが、標準的な人、一般的な人は、技術を持つようにするのがよいです。技術はセオリーとして体系立てて学べるので、そのスジの書籍などで勉強できます。もちろん私の講座に参加していただいたりコンサルティングを受けていただくのも良いです。後天的に身に着けられる技術で、ロジカルシンキングのレベルをアップしましょう。

 


 



しだいに感覚のレベルを上げて成長していく

思考力トレーナーの永江です。
なにかの分野で成長していくときのお話。

たとえば自転車に乗れるようになるときの感覚

たとえば、はじめは自転車に乗れなかった人が、練習をして乗れるようになるとき。乗れないときはバランスをとること等いろいろなことを難しいと感じています。それが、なにかのタイミングでバランスがとれると、難しいという感覚は薄れて、「いける」という感覚を持つようになります。

さらにスピードを上げることができるようになると、バランスをとって速く進むことに慣れていきます。そしてあるときに気づくかもしれません。自転車に乗れなかったときの感覚と、乗れるようになってからの感覚が大きくちがっていることに。乗れる感覚を身に着けてしまうと、乗れることが当たり前のようにも思えてきます。

感覚が変わったときに意識しておく

おおよそ何の分野であっても、ある状態からひとつ上の状態に成長したときに感覚の変化はあると思います。そのときに、ステップアップしたあとの感覚の状態を意識してみることをお勧めします。できなかったことができるようになった感覚。前の自分とは違うという感覚です。

変わったあとの感覚を意識すると、できる自分が当たり前のように感じられます。それは、次の成長段階に進んだということであり、さらなる向上につながる新しい階段をのぼり始めたということになります。無意識でも悪いわけではないのですが、成長が感じられれば気分もよくなり意欲も増します。何かが出来るようになったときの感覚を意識して、そのレベルと段々と上げていくことで成長を実感していきましょう。

 


 



考える余地や 工夫の余白

思考力トレーナーの永江です。
子どもが発明したというものをテレビ番組で紹介していました。いくつか紹介されていましたが、どれもすごく考えられていて素晴らしい。

今あるものをもっと良くしたいという思いがきっかけ

ある発明では、もともと世の中に存在していて、広くみんなのまわりにあるもを改良してよりよいものに変えていました。まず、今あるものに着目し、みんなが「そういうものだよね」と思っていることに対して「もっと良く」と考える思考が素晴らしいと思います。そして、「もっと良く」と考えたときに、どうしたら良くなるのかを徹底的に研究したようです。時間をかけて、あきらめずに、いろいろな工夫や、他からヒントを得たアイデアを組み合わせて、とても素晴らしい発明品を作っていました。

常に工夫を考えて、ちょっとした発明をいくつも

また別の発明をした子は、これまでにいくつもの発明をしてきたということでした。その発明はどれもちょっとしたもので、生活の中で本当にちょっとした便利さを生むものです。おそらく多くの人にとっては必要なくて、それがなくてもなんとかなるものです。でも、自分の暮らしの中で常に工夫を考えて、自分の身の回りがちょっと良くなるというものです。ここでは、常に工夫を考えているという思考の継続性に感心させられました。

「こんなものだよね」と諦めないことの大切さ

大人になってくるといろいろなものを見聞きしてきます。だから、「これは、こんなものだよね」という諦めの思いを持つことはたくさんあります。でも、この番組を観ていて思ったのは、何からの考える余地や工夫の余白は無くならないということです。もちろん、その工夫をしている間に次のことをしてしまったほうが良い場合もあります。スピードも人生の中では考慮すべき要素ですから。でも、ただ単に「こんなものだよね」と諦めるのではなく、考える余地や工夫の余白はきっとあるという意識は持っていると良さそうに感じています。

 


 



シンプルであってもイージーではない

思考力トレーナーの永江です。
セミナー等を開催すると、あるいは開催されているほかのセミナーを拝見して感じること。

イージーを求めてセミナーを渡り歩く

私もたまに見かけるし、同じようにセミナー講師をやっている人からも話をききます。「セミナー・ジプシー」と呼ばれる人たち。いろいろなセミナーを受講して、「なるほど、そうか」「勉強になった」と思って、でも、また別のセミナーに参加する。そして「◯◯だけで△△できる!」という謳い文句に誘われてまた別のセミナーを探していく。で、けっきょく、何も自分の中で変化を起こせずに、とりあえず「学んだ!」という気持ちになるだけでなんとなく満足したような気になっておわり。

こういう人たちって、「簡単に△△ができるようになりたい」と思っていて、その「簡単」というのをイージー(easy)という意味でとらえているんですね。でも、できない何かをできるようになるのに、イージーに済ませられることなんてまずありえないです。

シンプルという意味の簡単さならありえる

でも、一方で、シンプル(simple)という意味での簡単さで何かができるようになるのはありえます。たとえば、私は食事制限をする「だけで」他の生活習慣を変えずにダイエットしました。あるいは、私の生徒さんは、毎日かならずSNSに投稿しつづける「だけで」起業当初のスタートダッシュに成功しました。また、毎日ぜったいに数学の学習時間を1時間以上これまでより増やすという「だけで」成績をアップさせた塾生さんもいます。やっていることは非常にシンプルです。

これらの取り組みはシンプルなので、そういう意味で「簡単」といってもいいかもしれません。一回一回のどれをとっても、別にその人にとっての難しいことをやっていません。やろうと思ったら絶対にできることです。それをきっちり続けることで効果をあげています。そういう意味での簡単さであれば、自分のなかでのなにか大きな変化を起こすこともじゅうぶんに可能です。

魔法みたいにパッと変化を得られるはずがない

セミナー・ジプシーの人たちは、怠け者です。魔法のように、あるとき、あることを知っただけで、パッと突然に素晴らしい自分になれると期待しています。そんなこと絶対にないです。自分が今までも自分とかわって、何か変化を得た存在になるには、やっぱり普通は努力や工夫や、そして継続が必要です。何かの道具を得て急にうまくできるようになることはあっても、でも、その道具も上手に使えるようになるには練習や勉強が必要だったりもします。甘えていないで、ちゃんとしっかり勉強し、工夫し、それを継続して、自分に変化を起こしましょう。

 


 



脳は変わらないようにしたがる

思考力トレーナーの永江です。
何かを変えようとチャレンジをする人は多いです。
でも、それが長続きしないことも多い。

脳は保守的

人間の脳というは、とにかく保守的なんだそうです。今の状態を変えないように、変えないようにと考える。だから、よっぽどのピンチだと感じないと変わらない。ちょっと太っているといってもすぐに死ぬほどではない。勉強をしなきゃいけないのは分かっているけど、明日からでも大差ない。いろいろな言い訳はすぐに思いつきます。それは、脳が保守的であって、変わらない理由を作るのがうまいからです。

保守脳を利用して変化を生み出す

だから、何かにチャレンジをしようとか、自分のどこかを変化させようとするときには、すごく頑張るか工夫をするか、ということを考えます。すごく頑張るというのはまさに文字どおり頑張るということです。勇気を奮い起こす、とにかく自分にムチをうってやらせる、嫌でもなんでもとにかくやる。そんな感じです。

工夫をするというのは、たとえば、変わった後の状態をいつものことであると脳に思い込ませたりすることが考えられます。いわゆる思い込みによって、それが普段の自分だと勘違いさせて、結果的に変化を起こすわけです。「おれは出来る。当たり前のように出来る。」などと繰り返して自己暗示をかけるのもそうかもしれません。このあたりのことはおそらく心理学的にノウハウがあるのだと思いますが、私の場合は、とにかく自分に言い聞かせることが多いです。お試しあれ。

 


 



ノートの書き方、メモのとり方

思考力トレーナーの永江です。
以前にもブログ記事として書いたことがありますが、ノートの書き方はなんでもいいというわけじゃないというお話。

たとえば中学生のノートの個性

たとえば中学生の学習ノートを見ると、書き方はその子の性格も反映してか、本当にさまざまです。ビッチリ隙間なく埋めている子もいれば、自由奔放にあっちこっちに文字が踊っているものもあります。特に、板書用ではなく自分が自由に使えるものだと、その違いはむしろ見るのが楽しくなるほど大きいです。

大人が仕事で実施するメモとりも様々

仕事で電話をとることがある人は、メモをとる機会も同時にあると思います。あるいは、上司からの指示を聞きながらメモをとるということもあると思います。そのときもやはり人によって個性があります。中にはあとで見るとさっぱり分からない状態になっている人もいます。逆に、他人が見てもすごく読みやすく、キレイな文字で読みやすく書かれているものもあります。とにかくメモ取りもさまざまです。

どうでもいいわけじゃない

中学生のノートにしても、社会人のメモにしても、何かの目的があって書いているはずです。目的に合うように紙と筆記用具を使うなら、目的に合うような使い方があるはずです。そのときに「書く」ということをのみ目的としてしまっては適切でない状態になります。そのときに耳にしていることをしっかりに認識するためなのに出来ていないとか、あとで読む必要があるのに読めない文字になっているとか。そんなことにならないように、常に、ノートも、メモも、書き方には注意をしたほうが良いです。

少し具体的なことを書いておくと、文字があとで読めるレベルで書かれていること、どういうふうに紙の上にレイアウトしていくのかを感がていること、縦横の並びを意識すること、などが基本的なものとして有効です。これらのことにちょっと注意しながら書くようにすると良いかと思います。

勉強の量と質の話【加賀市 片山津 こほく寺子屋】

加賀市湖北地区会館で小中学生むけの学習塾をやっている永江です。
勉強をして知識を身につけるときに、その量と質は気にしたほうが良いです。もちろん、小学生くらいだと理解しにくいことですし、中学生でも誰もが腹落ちして理解できるかというとそういうことはないと思います。

意識しないと量を重視しがち

たとえば、漢字をおぼえるために何度も繰り返して書く練習をします。市販の漢字練習帳などは同じ漢字を短時間に繰り返して練習するために利用されています。そして、子供が自分で「勉強をやった!」という気になるのは、あるていど量を書いたときです。まわりの大人も「お、今日はこんなにたくさん練習したのか。えらい!」と言って量をこなしたことを褒めがちです。

今のところ、我々の身の回りにあるいろいろなものや仕組みが、学習において量をこなすことを良しとしがちになる気持ちを作り出しています。「何ページやった」「何問やった」とかが、こども自身や、まわりの大人たちの満足度になります。実際に量が有効である事柄もあるので悪いことではないですが、ちょっと注意が必要だとも思います。

量と質を両立させる

勉強や学習をなんのためにしているのかというと、知識を身につけるためです。あとで役立つかどうかその時点では分からないけれども、何かの役に立つならなおよいです。ということは、とりあえず脳のどこかに蓄積されないと時間がもったいないので、脳に残りやすいかどうかで考えます。

たとえば漢字練習帳では、同じ文字を短時間でいくつも書きます。10回の練習ができる枠があるとしたら、最初の1回や2回はちゃんと形を意識しますが、そのあとは、ぽわーんと他のことを考えていても書けてしまいます。しかも、その後に、他の漢字、他の漢字、他の漢字、と、これも短時間にたくさんの漢字を練習したとして、どれだけ記憶に残りやすいかというと非常に疑問です。実際に、記憶に関する学術的な書籍にあたると、こういう練習は効果的ではないようです。

漢字というものは形が命ですし、一方でそれぞれに音や意味を持っています。だから漢字を記憶するにはそれらがセットになった脳の使い方をするのがよくて、そのためには「漫然と量をこなす」のは時間がもったいない。ちゃんと、形を意識して、音を読んで、意味を考えられる学び方が望ましいです。その学習内容によって有効な質をちゃんと保った状態で、あるていどの量を持つのが良いです。

質を持った勉強の仕方

ちゃんと質を持った勉強のしかたはどういうものかというと、これは学習内容によります。ただ、一般的にいえるのは、ちゃんと内容を意識しながら読むなり書くなり考えるなりすることになるのではないでしょうか。私が高校生のときに、単に受験のためだけに世界史の勉強をしました。それはもうあっという間に忘れてしまいました。数学や物理は、それが身の回りの何かに当てはめて考えたときにどうなるかと想像しながら勉強したりしていたからか、いまでもちゃんと覚えています。忘れていたと思ったことも、ちょっと説明文を読んだらすぐに思い出せます。これは、その勉強をしていたときの、勉強の質が良かったからだと思います。

英単語などは、「繰り返し読むと覚えられる」と言われます。それはたしかにそうなのですが、それこそ無意識でただ発声している状態じゃなくて、ちゃんと意味というか、その言葉のイメージをアタマに浮かばせた状態で繰り返し読むほうが良いはずです。やっぱり量だけではダメです。人間は、ごく限られた単体の情報を記憶するよりも、複数の情報が関連しあってつながった状態で記憶するほうが脳に定着させやすいそうです。だから、質を持った勉強というのは、もともと学ぼうとすることは有機的にたくさんの情報が集まったもののはずなので、それらを分断することなく、つながりをもってインプットやアウトプットをしていくことなのだと思います。

 

こほく寺子屋は小中学生むけの学習塾です。
原則としてマンツーマンで個別指導を行います。
お子さんの学習が効率のよいものになり、本来のチカラを最大限に発揮できるようになることを目指しています。
こほく寺子屋についての詳細は下記リンク先のページからご覧ください。

加賀市片山津 学習塾 こほく寺子屋のページ

 


 


ランク概念という概念

思考力トレーナーの永江です。

最近、「ランク概念」という言葉を教えていただきました。
言葉だけ教えてもらってもダメなやつです。ランク概念という概念を教わったんですね。

「また聞き」をしたものなので、間違えていることもあるかもしれません。そして、もともと提唱されている人に迷惑になるような記事になってしまっていたら削除するのでご連絡をいただけると嬉しいです。

人はさまざまな要素の組み合せである

当たり前ですが、あらためて考えてみると、という話。私達はさまざまな要素を自分の中に持っています。社会的な要素、コミュニティに属する要素、精神的な要素、などなど。そしてそれぞれに細かな要素があって、社会的には私なら自営業者であり、講師をの仕事をしていてコンサルティングもやっている。石川県の南部を活動拠点としていて、あの仕事、この仕事、あの立場、この立場……、などなど。

こうやって要素を細分化していくと、ものすごい数になるはずで、それはすべての人にいえることです。10や20の要素じゃなくて、おそらく3桁は余裕であって、4桁以上に細分化できるのではないかと思います。それくらい、人はさまざまな要素の組み合せであるわけです。

それぞれの要素でランクがある

おそらくランク概念の最初のポイントは、上記のようにさまざまな要素を人が持っているということです。これを横軸として考えます。そして、縦軸には、それぞれの要素についての相対的な高低を考えます。これが「ランク」という言葉を使う理由じゃないかと思います。

たとえば私は講師・コンサルタントとしての自営業者です。講師として他の講師同業さんと比較しての高低評価が考えられます。さらに、職業訓練でパソコンを、とか、学習塾で数学を、英語を、とかどんどん細かく横軸を分解すると、それぞれに縦軸の相対的な高低が考えられるようになります。これを図にすると、こんなイメージ。

得意もあれば苦手もある

上のイメージにあるとおり、誰でも得意なことと苦手なことのデコボコを持っているはずです。私は人より評価される能力やポジションを持っていますが、逆に、多くの人よりも「下」である部分もたくさん持っています。この「デコボコしている」というのがランク概念を考えるときの重要なポイントなのではないかと思います。

そして、それぞれの要素について高低を考えるときに、あくまでも相対的であるということもポイントです。参加するコミュニティによって高くなったり低くなったりもするはずです。あるいは社会環境が変わることによっても変化するような要素もあると思います。固定的に評価された高低ではなく、あくまでも、「あなと比べて私は」というていどももので考えるのが良いのではないでしょうか。

その人の全体としての評価じゃない

こういう話をすると、おそらく「私はどれも低いものばかりだ……」とか言い出す人が居るんですが、それも違うと思います。そうじゃない。客観的にどうこういう絶対的な評価でもないし、だいたい、そもそも、そういうこと言う人って自分を冷静に自己評価できていないことが多いです。「私は全体として低い」みたいに思ってしまう人は、別のところでカウンセリングかコンサルティングかコーチングを受けてください。

ランク概念を正しく理解したら、おそらくこうなります。「私、ここのところあなたに助けてもらいたいの」と「私、この部分で人の役に立てるわ」が自然とバランスよく成立して、他者と良好な関係が築きやすくなります。ここからはいろいろなコミュニケーションワークに使えそうですが、基礎的な概念として理解していると良さそうなものだと思います。ランク概念、ちょっと覚えておきましょうか。

 


 


説明がわかりやすい、教えるのがうまい

思考力トレーナーの永江です。
わかりやすい説明をすること、上手に人に教えること。
これらは私が常に心がけていることです。

わかりやすい説明に必要な2つのこと

私の仕事からいえば自慢にならないのですが、「説明がわかりやすい」と評価をいただくことが多いです。自慢にならないと書きましたが、実際には自慢のひとつであって、つまり、講師業をやっている他の人より説明が上手です。同業の人たちより私の説明がわかりやすいみたいです。セミナーに参加する人や塾の生徒さんは、何がどうなって分かりやすかったのかは分からないことが多いですが、とにかく「わかりやすかった」「これまでわからなかったことがわかった」と言われます。たまに同業の人にも何かの講義をする機会がありますが、そこでもわかりやすいという評価をいただきます。

私が講座やセミナーで心がけていることはいくつかあって、そのうちのひとつが「大きなことから順番に伝える」ということです。抽象的な概要やまとめを言ってから、細かく具体的な話をしていきます。「まとめ→事例、具体的な説明」という順です。
それから、話の論理性にも気を使っています。「◎◎だから、▼▼なのです」という説明をするときに、途中のステップを省略せずに、理論の飛躍がないようにお伝えをします。究極的には、この2つのことが出来ていればあるていどわかりやすい説明になると思います。

上手に教えるための工夫

説明をわかりやすくするための工夫とは別に、うまく教えるということのためにしている工夫もあります。それは、相手によって、あるいはそのときどきによって、伝え方や教え方を工夫することです。具体的にどんな工夫をするのかは相手によるしそのときの状況によります。とにかく、固定化した教え方をしないということです。

固定化した教え方をしないとなれば、いろいろな引出しを持っている必要があります。あるひとつのことを説明するのに、3つとか4つの説明パターンがあると良いです。そうすれば、Aという説明で腑に落ちなかった人に対して、別のBやCという説明を試してみて、その人に合った説明を探ることができます。さらに、言葉での説明が理解しやすい人もいれば、図にすると納得しやすい人もいます。そういうときのために、言葉の説明も、図示による説明でもできるようにしておきます。なるべく多くの人に対応するために自分の引出しを多く持っておくのです。

難しいことを簡単に説明できるか

「難しいことを簡単にわかるように説明できることが理想」だと思います。「難しいことをわかりやすく説明してくださってありがとうございます」と言われることもあります。とても嬉しいお言葉です。でも、極端に難しい内容については、やはりそう簡単には説明できないということもあります。物理学などの難解な分野の説明は、やはりそんなに簡単ではありません。土台となる知識もあるていど必要でしょうし、やっぱり難しいものは難しいです。

とはいえ、我々のような「フツーの人」が知っておくべきことや学ぶべきことは、それほど難解とまではいかないことばかりです。私のような仕事をしている人が、プロとしての努力と工夫をすれば、あるていどうまく分かりやすく伝えることはできるはず。まだまだ工夫の余地はあるとも思うので引き続き精進します。