加賀市の小中学生、塾通いの方法

思考力トレーナーでフリー講師、
加賀市片山津地区で学習指導の塾をやっている永江です。

私が住んでいる片山津中学校エリアはもちろん、
加賀市内の各エリアは、自動車がないと移動に困る地域です。

これは加賀市に限ったことではなく、石川県内がほとんどそうなのですが、
もちろん、この南加賀地域もそうだということです。

 

そして、小中学生が塾に通う時間帯はもちろん学校が終わった後。
小学生なら夕方までに塾や学習指導を終えることも可能ですが、
中学生になるとどうしても夜間の時間帯に入ることが多くなります。

そうすると、残念ながら(?)
子供が自分の足、または自転車で塾に通うのが難しくなるわけですね。

親御さんの送迎が必要になります。

 

北陸地方は全国的にも「共働き」世帯が多いそうです。
自営業で夫婦いっしょに仕事をしている場合でなければ、
お父さんもお母さんもどこかに働きに出ているということですね。

そうすると、塾や習い事への送迎も、
ご両親の仕事の都合に左右されるということになります。

例えば、
算数の塾は火曜と木曜にあるのだけれど、
どちらも両親の仕事の都合で送ってあげられない。
そんなこともあるのではないでしょうか。

 

本当は、子供が徒歩や自転車で通える範囲に教室があって、
時間帯もそれほど遅くならないのが良いです。

けれども、現実はどうしてもそうはいきません。

 

私が学習指導をしているこほく寺子屋は、
加賀市のこほく地区会館の一室をお借りして開催しています。

ここは湖北小学校のすぐとなりにあるのですが、
駐車場がバッチリあるので送迎には便利です。

生徒のほとんどが周辺エリアの子供たちですが、
徒歩や自転車でとなると、時間帯もあって親御さんも心配な距離です。

なにせ本当に田舎なので、どうしてもそうなってしまうんですね。

 

こほく寺子屋は少人数の指導で始めましたが、
現在は完全に個別指導となっています。

これは生徒ひとりひとりの状況に合わせた指導をするためだったのですが、
副次的に「時間が自由に選べる」という結果を生んでいます。

完全な個別指導であれば、
時間帯が空いてさえいれば曜日や時間が関係ないわけですね。
それで、後から入ってくる生徒さんや親御さんには、
入りやすい塾である、という状況になりました。

 

他の習い事に影響の出ない、
都合のよい時間帯で利用できる塾だと考えていただけると思います。

加賀市 片山津地区の学習指導塾
こほく寺子屋についてはこちらのページで詳細をご確認ください。

 


 


高校入試まで、あと4ヶ月ほど

思考力トレーナーの永江です。

加賀市の湖北地区で学習指導教室「こほく寺子屋」を運営しています。
ひらたくいえば学習塾のようなものです。

 

さて、私は指導している子供たちは小学生から中学生までですが、
いよいよ中学三年生にとっては受験勉強が佳境となる季節に入りました。

残りはわずかに4ヶ月です。

この時期になってきて、生徒さんたちがちょっと困るのが、
受験対策の勉強を優先すべきなのか、学校の定期テストの対策を優先すべきなのか、
その判断についてです。

私のところに通っている子たちからも、そういう相談を受けます。

 

私の希望としてはどちらもやってほしいのですが、
「どっちもやっていこう」というと、ほとんどの子が
「時間がない~」と返してきます。

実際にどれくらい時間が不足しているのか定かではないのですが、
実は時間の過不足が問題なのではなく、
「あっちもこっちもやらなくてはいけない状態」が精神的にキツイのだと考えています。

 

したがって、実際に時間のあるなしはあまり確認しないで、
「今週はこっちをやろう」「来週はあっちをやろう」というふうに、
あるていど短めの期間を切って、どちらかに集中するように指導します。

もちろん、どっちをやろうと結局は中学校で学ぶ範囲のことなので、
しっかり身につければそれが受験対策になっていきます。

だからこそ、両方をやるのが理想なのですが、
結果的に両方をしっかりやってもらうために、「今はこっち」と指導する作戦をとっています。

 

あれもこれもという状態は中学生世代にはまだまだ精神的な負担になります。

受験生のお子さんを持つ親御さんは、ちょっと参考にしてみてください。

定期テスト対策か、受験勉強対策か

思考力トレーナーとして、
地元の小中学生の学習指導をしている永江です。

私が運営しているこほく寺子屋も来春の受検を控えた受験生が増えました。
中学三年の生徒さんたちは、それぞれに希望と危機感を抱えています。

入塾の際には親御さんも交えた三者面談をしているのですが、
そのときに、
「学校の定期テストの準備と、受験対策の勉強と、どちらを優先すればいいのか?」
というご質問をいただくことがあります。

私は、この質問に対しては、
「どちらも両立させることを目指します」
あるいは、
「定期テスト対策の勉強をすることは、受験対策にもなります」
というふうに答えることにしています。

 

これは当然といえば当然なのですが、
高校入試には中学校で勉強する範囲のことが出題されますから、
定期テストの範囲だってもちろん出題範囲に含まれます。

だから、中間テストのための勉強をしっかりすることは、
ちゃんと受験対策にもなっていくのです。

ただし、
入学試験までの中期的な計画を考えたときには、
定期テストへの対策だけでは好ましくない場合もあります。

これは、もう、生徒さんの個別の事情によるので、
一人ひとりの特性や状況を見て、考えていくしかありません。

 

そういう個別対応はもちろんやっていくとして、
定期テストのための勉強は、受験対策にもなっていくのです。

 

加賀市片山津地区の子供たちに向けた学習指導
こほく寺子屋
↑こちらのリンクから詳細をご覧いただけます。

 


 


夏休みの宿題は急いでやらない

思考力トレーナーでフリー講師の永江です。

私は大人向けにも子供向けにも講師としての仕事をしていますが、
子供向けには、石川県加賀市の片山津地区で
「こほく寺子屋」という学習指導教室を開いています。

小学生には作文の指導を、
中学生には数学と国語を中心とした学科指導を行っています。

 

今は夏休みの時期。
生徒たちはもちろん学校から出された宿題を抱えています。
私も昔は同じように宿題を抱えて、
「さっさとやってしまった方が後がラクでしょ」
と、母親に言われたりしていました。

今の子供たちも、やはり同じようなことを言われているようですね。
仮に夏休みの前半に宿題を終えてしまえば、お盆以降はゆっくり過ごせる。
好きな遊びをいくらでもできる。
先に先にとやっておくに越したことはない、というわけです。

 

でも、
宿題というものの本質を考えたら、必ずしもそうではないと考えています。

 

長期の休みの間にも宿題が課せられるのは、
休みの間も勉強をしたほうが良いからです。

1ヶ月から2ヶ月もの間、まったく勉強をしないのは良くない。
勉強は継続的にするのがよくて、だから学校に来ない間には宿題をしなさい。
これが、学校の先生が宿題を出す理由です。

もしかしたらそういうことも考えずに、
ただ惰性で宿題を出している先生も居るのかもしれませんが、
少なくとも、休み中の勉強の機会になっているのは間違いありません。

だから、
宿題をやることの目的は、継続的に勉強をすることに設定すべきです。

「やらなきゃいけないことをやる」というのは目的にしない。
親御さんも
「やらないと叱られる」とか
「決まったことだからやらなくてはいけない」とか、
そんな言い方で子供を机に向かわせるのは良くないのではないかと思っています。

 

継続的に勉強をするのが宿題の目的であり意義であれば、
夏休みの前半にすべてを終わらせてしまうのは
決して歓迎すべきことではないということになります。

理想としては、
ずっと同じくらいの分量で勉強を続けるのがよいということですね。
例えば学校の授業があるときの時間割というものがあります。
現行の指導要綱にしたがった時間配分になっていると思うので、
休み中の勉強のバランスもこれを基準にすると良いかもしれません。

もちろん、まったく同じにする必要はないし、
休みの期間であればこそ出来ることに時間を多めに割くほうが良いとも思います。
あくまでも基準ということで、「たたき台」ていどに考えてください。

 

何よりも大切なことは、本当の実力として知識と教養を身につけ、
自立的に考える能力を少しずつ向上させていくことです。

それには継続性が必要ですから、
夏休みの宿題は急いでやらないようにしましょう。

 

ただし、
お盆を過ぎないとペースが上がらない人は、
意識的に前半のペースを上げないといけませんよ。

 


 


金沢でも小学生向けの作文教室を開講

思考力トレーナーの永江です。

以前から地元の地区会館で子供向けの作文教室を開いていました。
こほく寺子屋「言葉の森」作文コース(小学生向け)
こちらは、言葉の森のカリキュラムと教材を使い、
「実技としての国語」「創造性の高い言語学習」を実践しています。

今回、金沢市内にお住まいの旧知の方からのご縁もあって、
金沢教室を開講することになりました。
内容は加賀教室で実施しているものと同じです。

 

金沢教室の会場は、
いつもいろいろとお世話になっている机カフェさんです。
机カフェさんはカフェと思わせておいて、実はコワーキングなコラーニングスペースで、
セミナー会場などにも利用できるマルチスペースです。
西金沢駅の近くにあって、幹線道路沿いでもあるので便利な場所ですね。

 

小学生向けに作文を指導するというのは、
他の教科の学力向上にもつながり、とても意義のあるものだと思っています。
教科学習だけではなく、それこそ社会に出てから必要な能力でもありますしね。
これからどれくらいのお子さんを指導することになるのか分かりませんが、
良い機会をいただけたことに感謝しながら、頑張りたいと思います。

詳しくは以下のリンクから。
こほく寺子屋「言葉の森」作文コース(小学生向け)

 


 


国語学習とロジカルシンキング

思考力トレーナーでフリー講師の永江です。

今日は「国語学習とロジカルシンキング」について。

 

結論から言うと、
国語学習をきちんとすることは
ロジカルシンキング、すなわち論理的な思考を鍛えることに繋がります。

国語という教科は文系の教科であって、
数学的な理論よりも、どちらかというと感性の部分も大事になる。
そんなふうに思っている人も少なくないのではないでしょうか。

ところが、
学校の教科としてやっている国語(日本語)の勉強は、
実は論理的な内容がメイン
になっているのです。

 

文法の決まり事があって、
そのルールに従って読解していく。
日本語のルールを学び、日本語を誤解なく読めるようになっていく。
そして、自分でも使えるようになっていく。
これが国語学習の目的です。

それは、
「こう書いてあるということは、こういう意味である」
「こういう説明をしているということは、このように理解できる」
というようなことが、共通認識として成立するようにするトレーニングでもあります。

そもそも言語とは認識を共有するためのツールですから、
当然といえば当然のことなのかもしれませんね。

 

また、国語のテストに出される問題は、
基本的に論理的に説明できるものばかり
になっています。

よく「このときの主人公の気持ちを述べよ」という問題に対して、
「そんなの分かるわけないじゃん」とか
「筆者はそんなつもりで書いているかどうか分からないじゃん」とか
そういうことを言う人がいます。

でも、この場面で問われているのは、
その文章を読んで論理的に考えるとどうなるのか、
ということです。

これは必ず論理的に説明できます。

なぜなら、
論理的にただ1通りの答えが導き出せないと、
学校のテストとして公平公正にならないからなんですね。

だから、テストでは、基本的には論理的に説明できる問題が出されます

 

最近ではそうでもないかもしれませんが、
一時期は受験対策の勉強が悪であるかのように言われました。
おそらくそれは、学校の勉強の役立て方を知らない人達の言い分です。
何十年も続いている、そして少しずつ改善もされている学校教育の
国語学習は決して無駄なものではありません。

もちろん、必要であっても十分であるとは限りませんから、
不足する要素はいろいろあるのではないかとも思っています。

しかし、
不足する要素があるとしても、国語学習はロジカルシンキングの練習になるのですから、
ぜひ、真剣に取り組んでほしいと思うのです。

   

 


 


数学(算数)と国語が基本だと考える理由

思考力トレーナーの永江です。

私は、小中学校の教科の中では、数学(算数)と国語が基本だと考えています。
おそらく、少なくない数の「先生」たちが同様の意見をお持ちだとも思います。

その理由はというと……

 

数学は、その名前のとおり「数」を扱う学問だと考えられがちですが、
実は、この世の摂理の基礎を学ぶ教科です。
この世の摂理は誰にも動かせない絶対的なものです。

ちょっとおおげさに書きましたが、
それくらいに、他の教科にも影響する大事な基礎理論が教科の中に盛り込まれています。
「数」というのは、そのうちの1つにすぎません。

何かの最小単位を「1」と定義し、それが同じだけあると全体で「2」。
そういった定義をもとに数の仕組みを理解し、考える。
図形の成り立ちや特徴、定理などを考えることによって、
空間把握のセンスや理論を身につける。
理論的な話を理解するために、あるいは自分が考える理論を成立させるために、
順序だてて文章を読解し、説明を組み立てるという演習を繰り返す。

こういう機会を得られるのが数学(算数)を学ぶということです。

 

国語は、我が国においては日本語を学びます。
ひらがな、カタカナ、漢字、この3種類の文字をおぼえ、
日本人どおしの意思疎通に欠かせない日本語を習得し、習熟させていきます。

文法の勉強は、論理的にものごとを考えるのが好きなタイプには
効率よい言語学習を支援するツールとなります。
詩的な表現に触れることは、
感受性を豊かにし、左右の脳全体で思考する機会を増やしてくれたりします。
古文や漢文を勉強することによって、
長い歴史の中でも変わらない価値観を学ぶことがあるかもしれません。

おそらくほとんどの日本人が死ぬまで使い続けるツールが日本語です。
社会で生きていくために必須の知識であることは間違いありません。

 

昔からよく言われるのですが
「学校で勉強していることなんて、社会で役立つことが何もない」
という、教科内容に対しての否定的な意見があります。
「因数分解なんて大人になってから使ったことない」
こんな言い方もよく耳にします。

しかし、
原則を理解し、それにしたがって論理的に考えること、
それは抽象的ですが普遍的に必要な「脳の使い方」です。

いろいろな文章形態に触れることは、
さまざまな状況において正しいコミュニケーションを図るために有効です。

誤解を恐れずに書いてしまえば、
小中学校で国語や数学(算数)の成績が悪かった人で、
そのあとで挽回するような学習をしてこなかった人は、
考えが浅かったり、コミュニケーションのミスが多かったりします。

もちろんそういう人ばかりではありませんが、少なくないと感じています。

国語、算数、数学、これらをしっかり勉強していれば、
論理的に考え、深く思考し、それらを他者としっかり共有する、
そういうクセが自然と身につくと思います。

そして、それらが出来ているならば、理科や社会科、英語にも良い影響があるはずです。
理科には数学的な問題が多く出てきますし、
社会科の内容は(当たり前ですが)国語で表現されています。
日本語がまったくダメでも英語教育は可能だと思いますが、
効率は決して良くはならないでしょうね。

 

このようなことから、数学(算数)と国語が基本だと私は考えているのです。

 


 


数学は「数」だけじゃなく「図形」も扱う

思考力トレーナーの永江です。

石川県の加賀市というところで、小中学生の学習指導を行っています。
近所の地区会館という施設の一室をお借りしての、
個別指導の学習塾のようなことをやっているのです。

特に私が力を入れて教えているのは算数・数学と国語ですが、
今日はこのなかで「数学」についての雑記を少し綴ってみます。

 

数学という名前、あるいは算数という名前ですが、
必ずしも「数」の概念だけを扱っているわけじゃないんですよね。
分かりやすく言うと「図形」つまり「形」の概念も扱います。
図形の中にも角度や長さといった「数」が登場しますが、
本来なら「形」とは純粋に「形」としてこの世に存在するのです。
それを、人類みんなが共通の認識として処理していくために
数字を使うことが便利だというだけなんですね。

だから、図形を見て感覚的に思考することも大事です。
多角形の角数が増えれば、その角度の合計が増えるというのは、
計算しなくても感覚的に分かってほしいものです。

相似の概念は、数字を当てはめた理論で説明できなくても、
なんとなく、見たらそう思うような感性も必要だと思います。

 

受験や試験のテクニックでいうと、
図形の問題に示される図は、角度や長さの記述がなくても、
問題どおり、ほとんど正確に描かれている場合がほとんどです。
ということは、感覚的にその図から読み取れることが分かれば、
正解を導いたり、自分の答えが正しいかどうかの確認をしたりするのに
とても有利になるのです。

受験テクニックだけじゃなく、いろんな仕事の実務でも、
理論的に説明できることも大切ですが、
感覚的に納得や理解をするということも必要です。

理論と感性は両方あったほうがいいんですよね。

 

数学のカリキュラムでは、数の計算はもちろんですが、
「形」の概念についても図形の問題などで取り組むようになっています。
この感覚は意外と社会に出てからも有用なので、
ぜひ、楽しみながら取り組んでもらえたらと思っています。

もちろん、子供だけじゃなく、大人もね。

 

加賀市内、小中学生のための学習指導「こほく寺子屋」の詳細はこちら

 


 


覚える教科の勉強方法

思考力トレーナーの永江です。

人がアタマを使うときに、もっともっと上手にできるように、
私なりに勉強をして、そして自分でも一生懸命に考えました。
いろいろな書籍も読みました。

学校の教科の中で「覚える」ことが主体となるものがあり、
その教科の成績をアップさせるための勉強方法を考えてみましょう。

 

書いて覚える

覚えるべきことをノートに書いていって記憶にとどめる方法です。
手を動かすことによって刺激になりますし、
視覚によって脳に焼きつけるようなイメージで考えてもらってもいいかもしれません。

学校の先生の中にはノートの書き方を指定する方もいらっしゃいます。
枠組みや線の引き方、場合によっては赤色などの色使いも指定されます。
しかし、これが必ずしも、どの生徒にもマッチするわけではないということに注意が必要です。

どうしても色を使うことがキライな子供がいます。
縦横がビシッとそろっているとイヤな感情を持ってしまう子供もいます。
書いて覚える勉強をするときの注意は、
「自分が気持よくなる書き方」を選択するということです。

それを見つけるためには、いくつかの方法を試さなくてはいけないかもしれません。
そのアイデアが情報として得られないかもしれません。
それでも重要なこととして考えていただきたいのは、
1つの書き方が、誰のためにもバッチリだとは限らないということです。

 

読んで覚える

声に出して音を感じながら覚えます。
これは、聴覚が得意な子供がやると特に有効です。
聴覚の感覚がすぐれている人は「文章」も好きなことが多いので、
しっかりした日本語の文章を声に出して読むとよいです。

聴覚が得意な子供が、と書きましたが、
これはつまり、得意じゃない子供の場合は効果が薄いということでもあります。
したがって、これも「誰にでも有効な方法」とはいえません。

しかし、
文章が好き、読むのが好き、音を感じるのが好き、という子供は、
声に出す音読をすることで覚える教科が得意になっていくはずです。
やたらと書くことを強いられる指導方法があるかもしれませんが、
覚える教科の勉強方法の選択肢として、声に出して読むこともお勧めします。

 

いろいろな方法があり、マッチングが大切

私のこれまでの経験から、
誰にでもマッチして最高といえる勉強方法は無いように思います。
もちろん、比較的に多くの人に有効となるものはあります。
例えばフレームワーク思考のようなアタマの使い方や
マインドマップを活用した勉強方法などがそうです。
しかし、教わる人とのアンマッチによって
それらも有効に使われないこともあるようです。
また、そもそも本人にとって相性が悪いということもあるようです。

一人ひとりの性格が違っているように、
その人にぴったりの勉強方法も少しずつ異なっています。
違っていて当然なんですね。

だから、
学校の成績、特に覚える教科が苦手な子供にお奨めする勉強法の入口としては、
「まず、いろんな書き方や読み方、覚える内容とのいろんな接し方を試してみる」
ということになります。

ズバッと正解の「覚え方」を望んでいる人にはがっかりされるかもしれませんが、
覚える教科の勉強方法は、一人ひとりに違いがあります。
こほく寺子屋では、一人ひとりの特性を探りながら、
いちばんに有効な方法を見つけて実践していきます。

 


 


中学生にとって宿題とは何か

思考力トレーナーの永江です。

地元の地区会館の一室をお借りして、小中学生向けの学習指導もしています。
加賀市には、地元民が利用できる地区会館という施設があって、
とても重宝しています。

 

学習指導をしていると
生徒さんの宿題の「めんどうをみる」こともあります。
中学生が
「先生、宿題のワークで分からないところがあるから教えて」
と、訊いてきたり、
「今日は、宿題のプリントをやっておきたい」
と、その日の学習内容を自分から申告してきたりします。

世の中の一般論として、宿題をなかなかやらない子もいますが、
その理由はといえば、「なんとなく面倒くさい」というのが多いのではないでしょうか。
部活が忙しくて時間がないとか、ゲームやマンガに時間をとられるとかもありますが、
基本的は、宿題を「面倒くさい」ものとして考えているのではないでしょうか。

 

正直にいって、学校の先生が出される宿題の中には、
その学習効果のほどが疑われるものが少なくありません。
単に義務作業となっていて、勉強の役に立たないと思われる内容も見受けられます。
それでも、親御さんは宿題をしろと言うし、
宿題をしないと先生に叱られるから、「やらなくてはいけない」という意識は、
どの生徒さんも持っているようですね。

会社勤めをしていたころの私は、
学習効果の低い、そのような宿題はしなくてよいと言っていました。
今でも、本当はそう考えています。
その時間があったら、本当に身になる学習をする時間をつくるべき。
そう考えているのです。

ただ、
やはり宿題をしないことは生徒さん本人にとっては、
あまり良くないことのようです。
学校で、家で、叱られる。
内申点に影響するのであれば、ことは進学にも及びますからね。

 

ということで、
今では、なるべくポジティブに宿題を捉えるように考えて、
私が指導している生徒さんにもそのように伝えています。

中学生は、まだまだ自分に合った学習方法を身につけている子が少ないです。
だから、自分で考えて身になる勉強をしようと思っても、
的外れになってしまうことも珍しくないと考えられます。

宿題というのは、そういう状況にある中学生にとって、
学習する機会と、勉強の仕方のヒントを与えてくれるものだと考えましょう。

前者はひたすら宿題をこなそうとすれば成立します。
ただし、漫然とはやらずに、しっかり集中しなければいけません。
後者は、さらに自分で考えよう、感じようとしなければ成立しないのかもしれません。
この宿題をやることによって「覚える」ことが進んだか。
「理解する」ことが進んだか。「問題を解く」チカラが身についたか。
そういうことを自分で考えるのが理想的だと思います。

考えて感じた結果として、
「あの先生の宿題は、自分には役立たないな」と思ったならば、
そのときは、やらなくてもよい、と思います。
ただし、胸を張って自分でそう主張しなくてはいけません。
それは中学生にはなかなか難しいでしょうから、
親御さんがフォローしてあげられるといいでしょう。

 

一方で、
面倒な宿題でも、意味があろうとなかろうと、
社会に出てからの仕事の練習としてこなしたほうが良い、
という意見をいただいたこともあります。
たしかに、
社会に出てから与えられる仕事というものには、
否応なく従わなくてはいけない側面もありますからね。

もし、親御さんがそう考えて子供に宿題をさせるのであれば、
しっかりとそのことを説明して、やらせるのは良いと思います。

一番にダメなのは、
とにかく「やらなくてはいけないから、やりなさい」という姿勢です。
思春期の子供は、そういう理屈の無い「指令」を嫌うことがあります。
説明できないのであれば、親御さんにとっても考える機会にしてみてください。

 

漫然とやっていてはもったいないのが宿題であって、
それは生徒=子供にとっても、親御さんにとっても同じなのかもしれません。

せっかく学校の先生が出してくれた課題ですから、できるだけ有効に活用しましょう。