ロジカルシンキングにおけるひとつの課題「つなげること(統合)」

思考力トレーナーの永江です。
今日は、私がロジカルシンキングの講座やセミナーをやるようになってから、実はずっと、課題として思っていることについて。

分解し、分類するところからはじめる論理的な思考

ロジカルシンキングをやろうとするときに、対象となる事柄は複雑にからまった多様な要素からできています。あなたのまわりにある解決したい課題を想像してみたら分かると思います。その課題に関係する事柄をどんどん細かくしていくと、すごくたくさんの要素から出来ています。たとえばある店舗の営業成績が伸びないとする。その店舗の人員における情報だけでも膨大なものになります。誰が、どのような役割で、と紙に書き出していくとして、その「誰」や「役割」という要素も、もっともっと細かくできます。「誰」についてであれば「年齢」「性別」のような単純なものから、さらに段階的にいくつも細かくできそうな「経歴」「スキル」という要素も持っていますから。

考える対象をどんどん細かく要素分解していったあとで、次の作業としては分類を行います。この分類は、よくMECEといわれる「漏れなくダブリなく」を目指すべきなどと紹介されています。ただ私の考えでは、「漏れ」がなければよくて、「ダブリ」は絶対に避けるべきとまではいえないです。むしろ、つぎの作業段階を考えるには、あるていどの「ダブリ」があったほうが都合よいとも思えます。とにかく、分解したものを、なにかの共通点にもとづいて分類していきます。その分類はときに階層的になります。

分類後の重要な課題が「つなげること(統合)」

あるとき私は、理想的なロジカルシンキングの過程は「分解と再構築だ」と考えました。せっかく良い考えに思い至ったのですが、実はとっくの昔に他の誰かが考えられていたそうです。本を読んだら早かったんでしょうね。

それはさておき、ロジカルシンキングの最初の段階として要素を細かく分解します。実作業としてはホワイトボードや付箋に書き出すことになるでしょう。そして、それらを分類した後があって、ここから重要です。分類しただけではダメです。分類された別の要素どうしをつなげることを考えなければいけないのです。それは統合ともいえます。

つなげるというのは、たとえばどういうことでしょうか。売上の課題として挙げられた別の要素として、スタッフの中に20代の女性、営業に強い地元出身の有能スタッフがいるとします。また別の要素として、地元民に愛されつづけている商材の可能性がアイデアとしてあるとします。そのときに、ある一人のスタッフの特性要素を、新しい商品のアイデアと結びつけて考えるのが「つなげる(統合)」ということです。ここの部分が実はずっと課題なのです。つまり、「はい、わかった。なるほど、できそう。」などと簡単に言えない作業だし、いろいろ説明しても「これなら出来そう」と思ってもらえない思考工程だし、つまり、それ自体がもう難しいんです。

地元出身のスタッフが新しい商品について、という事例は比較的に簡単に思いつきそうです。でも、そもそも非常に多岐にわたる要素をもった事柄を再構築するわけです。無限ともいえそうな組み合わせのパターンが考えられます。その無限ともいえるパターンの中から、筋が通っていて目的に合致していて、良い思考結果が得られると期待できることを選別していくわけです。これは、なんとなく出来ない人にとってはけっこう難しいものだと思います。

意識して修練を重ねるしかない

この話は、何かが出来るようになるということの本質なのかもしれません。方法論や手法やツールでは解決できない問題です。「つなげる(統合)」という作業をしっかりとしていくということ。センスが必要です。センスは、生まれつきに自然に持っていなければ、修練やトレーニングで身につけるしかありません。ただ、センスが身につくと格段に能力が向上します。これだけ書いておいて申し訳ないですが、いまそのセンスを持っていない人は、意識して修練を重ねましょう。

 


 



ビジネス的な情報伝達で大切な いくつかの要素

人事系コンサルタントの永江です。
今回はコミュニケーションについてのお話

要素の不足によるコミュニケーションの不出来

コミュニケーションというものは意外と難しいものです。思った意図で伝わらないこと、「そういう意味じゃなかったのに!」と思わされること、勘違い、誤解、いろいろと問題が起きます。日常のなんでもない会話でもそれは起こりえるし、ビジネスにおける情報伝達でも同様です。そして、ビジネス的な情報の伝達では、要素の不足によってミス・コミュニケーションとなることがしばしばあります。

要素の不足とは、伝えるべきいくつかの事柄のうちのいくつかについて伝達もれとなることです。たとえば話の全体として顧客からのクレームを伝えるとします。そのときに、クレームの内容は伝えたけれども、どんな顧客からのクレームなのかという情報を伝えなかった。しかし、ばっちりターゲット層に重なる人からのクレームである場合と、かなり外れた人からの場合では、ビジネス上での対応は違ったものになるはずです。伝えるべき要素に不足があると、その後の思考が正しくできないという結果につながりかねません。

伝達要素のうちでビジネスで有益なもの

ビジネス=仕事における情報伝達では、伝えるべき大切な要素として次のような事柄を考えておくとよいです。それは、1.全体的な累計、2.事柄の主体者、3.事柄の対象者または対象物、4.全体としての背景、5.理由や原因、6.時系列における具体的な進行や流れ、7.結果や結論または要約。日常会話でこれらを漏れなくしようとすると面倒くさそうな会話になってしまいますが、ビジネスにおいては漏れがないことは大切です。誤解なく、その後の思考が比較的に正しく行われるようにするためにこれらの要素は重要です。

情報伝達に漏れをなくして論理的な思考につなげる

上記の要素についての考え方は、ビジネスを科学的に進めるために有効です。科学的であるということは論理的であるということでもあります。感性でビジネスを進めて成功できる人にはなくてもよい考え方かもしれませんが、多くの人は論理性という共通言語によって成功の再現性が高められます。この辺のことはまた別の機会で触れたいと思いますが、ビジネスにおける成功のために論理性は重要であり、論理性のある思考のために情報に不足があっては好ましくないということです。情報伝達に漏れをなくして、論理的な思考ができるようにしていきましょう。

 


 



シンプルであってもイージーではない

思考力トレーナーの永江です。
セミナー等を開催すると、あるいは開催されているほかのセミナーを拝見して感じること。

イージーを求めてセミナーを渡り歩く

私もたまに見かけるし、同じようにセミナー講師をやっている人からも話をききます。「セミナー・ジプシー」と呼ばれる人たち。いろいろなセミナーを受講して、「なるほど、そうか」「勉強になった」と思って、でも、また別のセミナーに参加する。そして「◯◯だけで△△できる!」という謳い文句に誘われてまた別のセミナーを探していく。で、けっきょく、何も自分の中で変化を起こせずに、とりあえず「学んだ!」という気持ちになるだけでなんとなく満足したような気になっておわり。

こういう人たちって、「簡単に△△ができるようになりたい」と思っていて、その「簡単」というのをイージー(easy)という意味でとらえているんですね。でも、できない何かをできるようになるのに、イージーに済ませられることなんてまずありえないです。

シンプルという意味の簡単さならありえる

でも、一方で、シンプル(simple)という意味での簡単さで何かができるようになるのはありえます。たとえば、私は食事制限をする「だけで」他の生活習慣を変えずにダイエットしました。あるいは、私の生徒さんは、毎日かならずSNSに投稿しつづける「だけで」起業当初のスタートダッシュに成功しました。また、毎日ぜったいに数学の学習時間を1時間以上これまでより増やすという「だけで」成績をアップさせた塾生さんもいます。やっていることは非常にシンプルです。

これらの取り組みはシンプルなので、そういう意味で「簡単」といってもいいかもしれません。一回一回のどれをとっても、別にその人にとっての難しいことをやっていません。やろうと思ったら絶対にできることです。それをきっちり続けることで効果をあげています。そういう意味での簡単さであれば、自分のなかでのなにか大きな変化を起こすこともじゅうぶんに可能です。

魔法みたいにパッと変化を得られるはずがない

セミナー・ジプシーの人たちは、怠け者です。魔法のように、あるとき、あることを知っただけで、パッと突然に素晴らしい自分になれると期待しています。そんなこと絶対にないです。自分が今までも自分とかわって、何か変化を得た存在になるには、やっぱり普通は努力や工夫や、そして継続が必要です。何かの道具を得て急にうまくできるようになることはあっても、でも、その道具も上手に使えるようになるには練習や勉強が必要だったりもします。甘えていないで、ちゃんとしっかり勉強し、工夫し、それを継続して、自分に変化を起こしましょう。

 


 



「波に乗る」ということ

思考力トレーナーの永江です。
思考力がどうこうとか、自分で考えられるようにとか、偉そうなことを言っていますが、「カン」に頼ったほうがいいこともあったりします。

たとえば「モテ期」というものについて

世の中には「モテ期」という言葉があります。人生のなかで何回かあるそうで、理由がわからないけど、たまたま異性にモテる時期です。思い返せば私にも何回かあって、わけがわからないけど女性からアプローチを同時期に複数から受けました。こういうときにどうするか。なぜモテているのか考えてもわからない。どう対応をするのがいいか考えても考える材料が思い当たらない。けっきょく、「カン」にたよって反応します。

世の中で「モテ期」という言葉が使われるときも同様に、なんだかわからないけどモテている、という文脈で使われているようです。つまり、理由が明確にはわからないということです。だから対応についても論理的に考えることができずに、「えいや!」とカンで動くことになります。なんとなくアプローチを受ける。勢いに任せてつきあうことにする。良くも悪くも論理的ではない対応をします。

突然に訪れる人生の転機

これも私自身のことですが、人生の転機といえる岐路が何回かありました。そのたびにどうするかの判断をしています。でも、自分のまわりにある環境がどうしてそうなっているのか分からないんです。さっぱりわかりません。だから、モテ期のときと同様に「カン」にまかせて人生の選択をしてきました。

もちろん、大切な大切な自分の人生のことですから、時間をかけて考えはします。でも、論理的考えるには材料が不十分です。だから、とても大切なことであっても「えいや!」と腹をくくって「カン」を頼って判断するわけです。それが良い判断だったのか悪い判断だったのかはわかりません。「きっと良い判断だったのだ」と思うことくらいしか後からは出来ません。とりあえず今のところはひどく悪い判断はなかったように思います。

自分では作れない波に乗る

「波に乗る」というときの「波」は、自分ではどうしようもない周辺状況の変化の中で、自分にとって良いものだと言えます。でも、状況が怒ったときに、それが良いものか悪いものかを論理的には判断できないこともあります。そのときは「えいや!」とカンだよりで判断するしかありません。

とはいえ、一生かかってもその「波」を読める(=良いか悪いか判断できる)ようにならないかというと、けっこう経験値で出来るようになるように思っています。「カン」が鋭くなるという言い方もできるかもしれません。論理的に冷静に判断できなくて、カンに頼っていくしかないこともありますが、いざというそのときのために、そのカンを磨いておくように意識をしておくことは大切なのかもしれません。波は自分で作ることができないけれども、良い波ならばぜひ乗っておきたいですからね。

 


 



脳は変わらないようにしたがる

思考力トレーナーの永江です。
何かを変えようとチャレンジをする人は多いです。
でも、それが長続きしないことも多い。

脳は保守的

人間の脳というは、とにかく保守的なんだそうです。今の状態を変えないように、変えないようにと考える。だから、よっぽどのピンチだと感じないと変わらない。ちょっと太っているといってもすぐに死ぬほどではない。勉強をしなきゃいけないのは分かっているけど、明日からでも大差ない。いろいろな言い訳はすぐに思いつきます。それは、脳が保守的であって、変わらない理由を作るのがうまいからです。

保守脳を利用して変化を生み出す

だから、何かにチャレンジをしようとか、自分のどこかを変化させようとするときには、すごく頑張るか工夫をするか、ということを考えます。すごく頑張るというのはまさに文字どおり頑張るということです。勇気を奮い起こす、とにかく自分にムチをうってやらせる、嫌でもなんでもとにかくやる。そんな感じです。

工夫をするというのは、たとえば、変わった後の状態をいつものことであると脳に思い込ませたりすることが考えられます。いわゆる思い込みによって、それが普段の自分だと勘違いさせて、結果的に変化を起こすわけです。「おれは出来る。当たり前のように出来る。」などと繰り返して自己暗示をかけるのもそうかもしれません。このあたりのことはおそらく心理学的にノウハウがあるのだと思いますが、私の場合は、とにかく自分に言い聞かせることが多いです。お試しあれ。

 


 



ブログを書くのに要する時間

思考力トレーナーの永江です。
実は、このブログを書くときに、「一気に書き上げる」という課題を自分に与えています。
だから、このブログ記事を一本作成するのに要する時間は、平均すると10分くらいです。長くても15分くらいじゃないかと思います。

もちろん推敲したほうが良い文章になる

もちろん、あたりまえですが、ちゃんと推敲をしたほうが良い文章になると思います。たまに見返して修正することもありますから。おそらく、一気に書き上げている文章は、読みにくかったり、言葉遣いにおかしなところがあったり、なにかの間違いがあったりしていると思います。ほとんどすべてに近い人は、文章はちゃんと推敲したほうがあとで読む人にとっても良いものになります。

スピードを課題にするわけ

ちゃんと推敲したほうが良い文章になるはずなのに、なぜ、一気に書き上げることを課題にしているのか。それは、話し言葉としての分かりやすい伝達の練習とするためです。話し言葉はいちど口から出ていったらもう修正できません。あらかじめ原稿を用紙することもできますが、それでも、しゃべったあとから修正はできません。こちらのブログで一気に書くことを課題にしているのは、そういう話し言葉を意識して文章を書いているからです。これが本当にうまくできるようになったら、話し言葉でもあとで修正の必要なく大丈夫な良いものが作れるのではないか。そんなことを考えて、一気に書き上げて、見返すことなくアップをしています。一種の「頭の体操」かもしれませんね。

 


 



「自分のアタマで考えられる」ようになるために

思考力トレーナーの永江です。
私は、「自分のアタマで考えよう!」というスローガン(?)を掲げています。
いえ、それほどハッキリとアピールしているわけではないのですが、
そうなるのが良いと思っています。

「考えたらわかるでしょ!」の話

人事の仕事をしていたときに、同僚の管理職の人からあった愚痴。「部下のスタッフが、すぐに『聞いていません。教わっていません。』と言ってくる。でも、それまでに知っていることから考えたらわかるんだよね。」

そうなんですよね。けっこう、こういう人は居ます。すでに持っている材料をもとにして考えたら分かるはずなのに、考える前に「教わっていません」と言ってくる。いわゆる「一から十まで教えないといけない」状態でしょうか。それで、上司としては「考えたらわかるでしょ!」とイライラしてしまうわけです。

どうしたら考えられるようになるのか

そういうのが良くないとはいえ、では、どうやったら、人は自分で積極的に考えるようになるのでしょうか。正直にいうとこれは私のライフワーク的な課題にしようと思っていて、「こうすればバッチリ!」というような明確な答えは今のところ模索中です。でも、あるていど、「こうやったらいいように思うし、実際にそれで成果もある。」と考えられるものもあります。

自分で考えられるようになるための3要素

人が、自分のアタマで考える、そのために必要なのは3つです。1つは考える元になる知識を持つこと。2つめは、考えることそのものの能力や技術を身につけること。そして、3つめは、考えようと意識することです。

持つべき順番でいうと最初は3つめでしょうか。意識をしないと始まりません。あとの2つは同時に身につけていけると思うのですが、記憶している知識を増やし、上手に考えるためのスキルを磨くということになります。パソコンでいうと、ハードディスクの容量を上げてデータをたくさん記録して、CPUやメモリのスペックも上げていくようなイメージです。いずれも人間の能力として考えると一朝一夕にはうまくいきません。継続的なトレーニングが必要です。

能力をアップするために

どうやったら能力がアップするのかというと、それはもう、日々の努力です。努力のしかたは工夫ができます。それにあわせて継続性が求められます。そういうえばこれも3つの要素ですね。自分で考えることの3要素と、その能力のアップをするための3要素。うまく組み合わせて「自分のアタマで考えられる」ようになりましょう。

 


 



フレームワーク的な図示みたいに目で見えるものが思考を助けてくれる

思考力トレーナーの永江です。
われわれ人間は、特に現代人は、日本の現代社会に生きるものは、職業人は、職業人じゃなくても生きていくためには、とにかく考えるということから逃げるわけにはいきません。毎日、毎日、考えることの連続です。だから、考えることが上手になったほうが幸せな人生を送りやすいと思っています。

ただ考えるだけというのは難しい

考えるということを純粋に独立させて、それのみを行うとします。つまり、体を動かさずに、目を閉じて、閉じなくてもいいですが、ただ脳みそのみを活動させて考えます。それで考え事が捗るということはあるでしょうか。私は無いと思います。

でも、ときどきいらっしゃいます。考え事をするときに、腕を組んで、目を閉じて、じっと座った状態で「うーん」と考えている人が。あるていど以上の年齢の男性に多いようなイメージです。「わしはこのスタイルなんだ!」と言われそうですが、あれは良くないと思うんですよね。

私は、腕を組んでただ脳みそのみを活動させて思考をしたことがあります。一方で、いろいろと工夫をして体をなにかしら動かして思考したこともあります。体を動かすにもいろいろありますが、思考とは直接に関係ない動きもあれば、思考を助けるために紙に書き出すような動きもあります。思考するときにどういうのが良いか比較できるわけですが、比較してみるとやっぱり体を動かすのが良いです。比較してみれば、ただ考えるだけというのは上手な思考ができないといえます。

体(手)を動かして視覚化もする

2019年の今になってみればあちこちで言われ尽くしたことですが、視覚化するのは思考にとって非常に重大な助けになります。ビジネスをやっている人なら「視覚化せよ」と言われたことがある人は多いはず。ビジネスをやっていなくても、視覚化によって「お!」と思った経験のある人もいらっしゃるでしょう。思考のときに体を動かすのが良くて、さらに、どうせ体を動かすなら、手を使って視覚化をすると良いのです。

ただし、視覚化をするといってもどのような視覚化が良いのかということがあります。それを知らない状態では、あまり効果が高くない視覚化をしてしまう可能性が高いです。どうせ体を動かすなら手を動かして視覚化をする。そして、どうせ視覚化をするのであれば、より効果を期待できる視覚化の方法をとるのが良いです。

効果の高い視覚化の方法

効果の高い視覚化の方法を目指すとき、そこにちょっとアタマを使ったり、工夫をしたりする必要があります。アタマを使うというのは、視覚化をする対象をどのようにレイアウトするのかを考えることです。縦横の位置を気にしたり、囲みを使ったり、線や矢印でつなげたりします。これらは工夫の一貫でもあるのですが、さらに使える工夫としてフレームワーク的な考え方を用います。

思考の話をするときのフレームワークとは、考える対象となる物事を、考えやすくするための枠組みです。たとえばどういうものがあるかというと、フレームワークをいろいろまとめたページがありますので、こちらをご覧ください。これらは先人たちが考え出してくれた非常に便利な枠組みです。この枠組を使うと、われわれが出会うであろういろいろな問題を考えやすくなります。特に、図示やイラスト、グラフィカルな表現を意識して手を動かすと、より思考がスムーズになります。まだ経験のない人はぜひ試してみてください。

 


 



ノートの書き方、メモのとり方

思考力トレーナーの永江です。
以前にもブログ記事として書いたことがありますが、ノートの書き方はなんでもいいというわけじゃないというお話。

たとえば中学生のノートの個性

たとえば中学生の学習ノートを見ると、書き方はその子の性格も反映してか、本当にさまざまです。ビッチリ隙間なく埋めている子もいれば、自由奔放にあっちこっちに文字が踊っているものもあります。特に、板書用ではなく自分が自由に使えるものだと、その違いはむしろ見るのが楽しくなるほど大きいです。

大人が仕事で実施するメモとりも様々

仕事で電話をとることがある人は、メモをとる機会も同時にあると思います。あるいは、上司からの指示を聞きながらメモをとるということもあると思います。そのときもやはり人によって個性があります。中にはあとで見るとさっぱり分からない状態になっている人もいます。逆に、他人が見てもすごく読みやすく、キレイな文字で読みやすく書かれているものもあります。とにかくメモ取りもさまざまです。

どうでもいいわけじゃない

中学生のノートにしても、社会人のメモにしても、何かの目的があって書いているはずです。目的に合うように紙と筆記用具を使うなら、目的に合うような使い方があるはずです。そのときに「書く」ということをのみ目的としてしまっては適切でない状態になります。そのときに耳にしていることをしっかりに認識するためなのに出来ていないとか、あとで読む必要があるのに読めない文字になっているとか。そんなことにならないように、常に、ノートも、メモも、書き方には注意をしたほうが良いです。

少し具体的なことを書いておくと、文字があとで読めるレベルで書かれていること、どういうふうに紙の上にレイアウトしていくのかを感がていること、縦横の並びを意識すること、などが基本的なものとして有効です。これらのことにちょっと注意しながら書くようにすると良いかと思います。

成果を出すには素直さが大切

永江です。
加賀市で学習塾をしながら、金沢でも学習塾の講師をやり、思考力トレーナーとして個人むけのコンサルティングもやっています。今日は、その中で感じることについてのお話です。

成果が出やすい人とそうでない人

企業組織をクライアントとするコンサルティングとは違って、学習指導や個人コンサルティングは、まさに個人が相手です。そうすると、私がやっていることの成果は、その個人がどう変化するかに現れます。学力が上がったかどうか。資格試験に合格したかどうか。思い描いたような就職ができたかどうか。収入を増やすことができたかどうか。

いろいろな人の成果の上がりぐあいを比べてみるとやはり傾向が見られます。数値として統計をとっているわけではないですが体感として分かります。基本的に、私がアドバイスをしたことを素直に受け入れる人は成果が出やすく、そうでない人はそれなりです。やっぱり、素直さというものは大切だと思います。

アドバイスを受け入れる素直さとは

素直であるということは、なんでもかんでも言うとおりにするということではありません。コンサルティングを受けたり、学習指導を受けたりする場合であれば、アドバイスを実行せずして否定しないということになります。「◯◯をやってみてはどうですか」と伝えたときに、やる前からそれを否定するのかしないのか。素直な人は、まず、とりあえずやってみる行動力があります。

やらない理由はいくらでも言えるのですが、とにかくやる前から否定する人は成長もしないですね。やってみて、頻度や回数、レベルなどの点で言ったとおりにはできないこともあります。それでも、否定してやらないよりは格段に違いがあります。やってみることではじめて見える景色がありますからね。

そもそも何かの相談ごとに来るとか、コンサルティングを受けるとか、学習塾で勉強をするとか、いずれの場合も課題があるから来ているわけです。課題がある状態を改善するためには、これまでの自分のどこかを変えないといけません。つまり、改善したければ変化が前提となるわけです。

変化が前提なのに、人からの助言を受け入れずに、とにかく言い訳をならべて実行しない。もちろん、私が伝えることが必ず正解とは限りません。私のアドバイスに沿って実行をして、うまくいかない可能性はあります。でも、成果を出す人は、助言どおりにやってうまくいかなくても、まず文句などを言うことはありません。前向きに、次のチャレンジに向かいます。こういう姿勢が、課題を克服する変化につながるのでしょうね。