利益の使いみち

思考力トレーナーで、人材育成コンサルタントの永江です。
私は、人事部門を専門として経営士会の正会員登録をし、コンサルタントとして活動しています。
人事部門が専門ではあるのですが、コンサルタントですから、とうぜんながら経営全般についてのご相談もお受けいたします。

会社の利益とは

まず、経営者の人なら分かるはずですが、会社の利益とは、社長が受け取るお金のことではありません。オーナー社長であっても、会社という法人から報酬をいただくことになるし、会社の利益とは、期末などの決算が終わったあとに増えている純資産のことです。

ここの違いが分からない人は、このあとを読まないほうがいいかもしれません。

利益の使いみちと、注意点

先に書いておきますが、会社の利益の使いみちを、スパーンと1つの正解としてこの記事で書くわけではありません。私自身がいろいろ考えてみて、先人たちの記録や著述などから学び、あれこれ書いてみるにすぎません。

まず、利益が確保されたら、次の期間における投資として、さらに利益が生まれるような使いみちを考えます。設備投資かもしれません。これまでにやっていない広告宣伝になるかもしれません。もちろん、従業員へのボーナスも考えられるし、福利厚生という形で社員に還元することも考えられます。

しかし、このときに注意したほうがいいと思っていることがあります。それは、スタッフに還元する社長が良い社長であると思われがちということです。世の中に多くありそうなこの考えには経営者として注意したいところです。もちろん、従業員に還元することは良いことです。ただし、それが、慈悲とか慈愛とか、なにかボランタリーな、というか、優しい人柄の現れとしてのものではないということです。

お金の使いみちは事業をうまく運営するため、さらなる利益のため

企業は資産を活用してさらに資産を増やす、つまり利益を追求する存在です。だから、仮にスタッフ等への配分があったとしても、それは利益追求活動の一貫でなくていけません。「あまったから、みんなに分けてあげる」という考えだけでは経営者として失格です。もちろん、そういう考え自体がダメというわけではありません。しかし、会社の資産は会社の存在意義のために使うという大原則を曲げてはいけないということです。

だから、スタッフに還元するならするで、それが、スタッフのモチベーションになるとか、次への活力になるとか、そういう効果も必要なのです。あるいは、引き止め効果があるとか、新しい人材確保のネタになるとかがあればOK。こういうことを言うと打算的だとか、ドライだとか言われるかもしれません。しかし、会社のお金を何に使うのか、それは会社のためという目的が無いのはむしろ法人に対する背任行為です。そうなるとむしろ罪。社長といえども法人に対しての背任はいけないし、利益の使いみちはちゃんと考えなくてはいけません。


 



叱るときはスパッと一瞬で【零細企業の人材育成】

人材育成コンサルタントの永江です。
社長さんが従業員を叱る場面、上司が部下を叱る場面、先生が生徒を叱る場面、いずれもスパッと一瞬で終わらせるのがよいです。

長々とお説教が続く人

いらっしゃいますよね。叱るというよりも、注意を与えるということで、長々とお説教をしつづける人。私は出くわしたことがないのですが、30分から1時間という人も珍しくなく、それより長く数時間という人もいらっしゃるそうです。いけません。

説教が長くなる人は、たとえば自分の説明が相手に正しく伝わっているのかどうか自信がないのかもしれません。ちゃんと伝わらないとまた同じ失敗をする。だから、自分で納得できるまで説明を続けるのだ。あるいは、部下が犯したミスに対してのマイナスの感情を説教することで晴らそうとしているのかもしれません。実はこの感情は説教しつづけることで晴れるものではないので、延々と説教が続きます。

長い説教のメリットとデメリット

長い説教のメリットは……、おそらく無いです。本人の気が晴れるかというとそうでもないですし、それによって部下の成長が促進されるかというとそれもありません。まあ、「おれがたっぷりと指導してやった」と勘違いしている人もいるかもしれませんが、実際にそういうことはありません。だから、メリットはないと思ってもらってけっこうです。

デメリットはたくさんあります。仕事の中なら時間が無駄になります。そして時間をかけたわりに叱られている従業員の心には響きません。「早くおわらないかな」くらいのことを思われて話の中身を聞いてもらえなくなるのが関の山。お互いに不愉快な感情だけが残って教育効果が薄いのが、長い説教というものです。

注意喚起、叱るときはスパッと!

とはいえ、従業員は失敗をします。人間ですし、自分よりも経験が浅いのであればなおさら。注意を与えなくてはいけない場面や、指導すべき状態になっていることはおおいにありえます。そのときには、スパッと短時間で、できるだけ短く叱って、それでおしまいにします。

インパクトを与えるためにキツい言い方をするのは場合によっては有効です。ただ、これはキャラクターによるので、ただ単に、ダメだった箇所を短く指摘して、どうするのが良かったかを考える機会と時間を与えます。短いやりとりだと伝わらない心配を持つかもしれませんが、短く伝える工夫と努力は経営者に必要なものだと考えます。できないのであればトレーニングすべき事柄のひとつだと思います。

従業員・スタッフに注意を与えるときには、あるいは叱るときには、短くスパッと一瞬で終わらせることをお勧めします。

 


 



上に立つものが持つ「ちゃんと説明する」という責任

思考力トレーナーで、人事系コンサルタントの永江です。

そういうものだから、そうする。決まりだから、ルールだから。

しばしば耳にすることです。学習塾や学校で生徒が「どうしてそうなるの?」と先生に尋ねます。それにたいして先生の答えが「そういうものだから、そう覚えておいて。」というもの。会社でも同様の場面があって、私自身が何度も出くわしました。部下が上司に「これをこうするのは、なぜでしょうか?」と質問すると、上司が部下に答えるのが「会社の決定だから。」とか「そういう決まりだから。」というものです。

言葉の意味として間違いではないんですよね。そういうものだから、そうする、そうなる。決まりだから、そうする。決定事項であるからそうする。それ自体は間違ってはいないことがほとんだと思います。

理由を伝えられないことの弊害やデメリット

そういうものであるとか、決まりであるとかは、たしかにそのとおりなのでしょうが、言われたほうはそれで納得するのでしょうか。私が接するケースだけではないと思うのですが、やはりどこかに不満げな感じになってしまうと思います。学校や塾の生徒なら、モヤモヤした感じで無理やり覚えようとするから勉強が楽しくありません。会社の部下なら、不満を持ちながらその業務にあたることになります。

子供の勉強についていえば、せっかく持った「どうしてだろう?」という好奇心を阻害することになります。会社の部下の例でいうと、意欲が低い状態で仕事をするのでパフォーマンスが悪くなる可能性があります。いずれにしても、理由が説明できないというのはあまりよろしくありmせん。

「そういうもの」だと伝えがちになる3つのパターン

学習塾や学校の勉強の場合は、事実として「そういうもの」だと言えるケースが3つに分類できます。ひとつは自然の摂理としてそうであるもの。2つめが、便宜上で誰かがそうだと決めて一般的に運用されていもの。3つめは、それによって成立する定理のようなものです。

1つめの自然の摂理は、たとえば万有引力があることのように、いわば「神がそうしたもうたこと」です。おそらくいくらつきつめても「理由」は分からず、せいぜい、「原理」を解明できるくらいでしょう。こういうものの説明に、私の場合なら、まさに「神様がそうしたのだ」と言います。これについては「理由などない」と言ってもいいし、我々が生きているこの世界は、そういう「神の創造物」のうえに成り立っています。

2つめのものは、たとえば数学で使う加減乗除の記号「+、ー、×、÷」や等号「=」や不等号「>、<」、簿記において貸借のどちらのグループを右にするのか、左にするのか、といった事柄などです。これらは、そもそもそうじゃなくても問題はなかったのですが、いったん誰かがそういうふうに決めて、あるいは自然に共通の符号としてみんなが使うようになって、それで、後世に生きる我々もそれに倣っているだけというものです。だから、これらについて「なぜ?」と質問されたら、私は、「誰かがそう決めた。誰かが決めなければ話が進まなかった。進めてくれた人に感謝しながら、それに倣って我々も話を進めよう。」と説明します。

3つめについては、1つめと2つめによって成立する事柄なので、それを使って説明できます。だから、3つめのことについて質問されて答えられないとしたら、その事柄について知識がないか、怠慢か、口止めをされているか、のどれかです。知識がないなら「すまないが、知らないのだ。」と正直に言う潔さがほしいところです。怠慢は論外なので心を入れ替えましょう。口止めというほどじゃなくても会社の場合なら、立場上の問題で言えないこともあると思います。この場合も「決まりだから」や「会社が決めたことだから」ではなくて、もっと上手な言い方を考えるべきだと思います。「すまないが、今は言えないのだ。申し訳ない。」と素直に言える上司のほうが部下は信頼するんじゃないでしょうか。

「上に立つ」ものの心構えとしての「ちゃんと説明する」姿勢

私は、上述の3つのパターンを意識したうえで「そういうものだから」と言っておしまいにすることを出来るだけ避けています。神様がそういうふうに作ったことと、誰かがそういうふうに決めたこと。これらは、本当にそのように伝えます。そして3つめのパターンについては全力で説明をします。分からない場合は「分からない」と答えます。塾の学習指導の場合は、自分への宿題として、次回までに調べて答えるようにしています。

会社員として働いていたときも、部下から質問されたときに「そういうもの」という言い方はぜったいにしないようにしていました。自分がそういう言われ方をしたときに納得できなかったからです。ときには、同僚の管理職が部下に対して「会社が決めたから」と言っているのを聞いて「彼にとってはあなたが『会社』なのだから、そういう言い方では不満が残る」と主張したこともあります。これは今になって考えると越権行為であった可能性もありますが……。

いずれにせよ、下から仰ぎ見られながら質問を受けたときに、それを受ける立場の人間は「ちゃんと説明する」姿勢が重要だと思います。そうでなければその立場にいることの責任を果たしているとはいえないとさえ思います。「調べてからあとで答える」でもかまわないと考えればそれほど大変ではないはずです。上に立つ人の心構えとして持っているといいのではないでしょうか。

 


 



言葉の不足が命取りになる?【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
物事には「過不足なく」という言い方でそれを推奨するこがありますが、今回は、言葉が不足したときの問題についてです。

他人の考えていることなど分からない

先にこういうことを書くと身も蓋もないのですが、誰しも、他人が考えていることなんか分かりません。分からないから言葉を使ってコミュニケートするのだし、ときには質問をしたり、確認をしたりしながら相手の意向を受け取ります。

自分が他人の考えを分かるわけないのだから、相手からしても同じです。相手はあなたの考えを知りません。付き合いが長くなるとなんとなくで通じそうに感じたりしますが、それでも完全なわけはないし、思っている以上に自分の考えは相手に伝わっていない可能性があります。

分かってもらうためには言葉をつかう

人間社会で、自分の考えや思ったことを伝えるためには言葉を中心としたコミュニケーションの手法を使います。図や写真などで伝えることもありますが、ベースになるのは言葉です。だから、言葉をつむいで文章にするときに、ちゃんと伝わるかどうかを考える必要があります。

たったひとつの言葉で思いが伝わることもあります。ただし、それは前後の関係性や経緯があってのことであったり、しっかりと意味をもったビジュアル要素があったりするからだと思います。言葉の単体たったひとつで伝わることは少ないです。だから、そもそも言葉は、不足する可能性があるものなのです。

言葉が不足すると誤解や勘違いが生まれる

言葉が少ない状態は、受け手からすると理解のしかたに多様性というか、相手が本当に伝えたいこととは違う意味で受け取れる可能性のようなものを生み出してしまいます。
「A社あての見積書をつくっておいて」
という指示を部下に出したとして、部下は、パソコンの中のデータとして作っておけばいいと思うかもしれないし、プリントアウトしておくところまでやれということかと考えるかもしれないし、印刷して封筒に入れるところまでやるべきなのだと思うかもしれません。しかも、先へ先へとやっておけばより良いようにも思えますが、パソコンのデータとしての段階で指示者が確認をしたいのかもしれません。それは言わなければ分かりません。だから、「言わなくても分かるだろ」ではなく、ちゃんと具体的で誤解のない指示を出すべきなのです。

誤解や勘違いで生まれることの大小

紙に印刷するかどうかレベルなら、一枚の紙を無駄にするかどうかというていどです。でも、誤解や勘違いによって生まれる事柄の大小はどんなものがあるか分かりません。言葉が足りない人は、事柄が大きかろうが小さかろうが同じように言葉の不足を発生させるからです。

当然ですが、事柄が大きい場合に勘違いがあると、会社にとっての損失や、取引先にかける迷惑度合いも大きくなる可能性があります。場合によってはそれが会社にとっての命取りになるかもしれません。そこまでは大げさだとしても、部下との関係性や、業務の進行などに大きな影響をおよぼすことも考えられなくはありません。誤解や勘違いを生じさせないようなコミュニケーションはとても重要なことなのです。

 

忙しいとき、どうしても言葉を端折りがちになる人がいます。気持ちは分かります。短い言葉でスパッと方向性示すこともリーダーとして必要です。しかし、十分に丁寧な言葉を補って誤解なく考えや意図を伝えることも、社長さんが従業員に接するすべての機会で気をつけなくていけないことなのではないかと思います。言葉の不足があなたの会社にとっての命取りにならないように気をつけましょう。

 


 



忙しい経営者は注意。メッセージのやりとりの終え方

思考力トレーナーの永江です。
ビジネスでも自分の頭を使って考えることを推奨します。

ビジネスメールでやりとりを終えるタイミング

もう何年も前になりますが、ビジネスメールのやりとりで、どこで終えるとよいかという記事を書きました。
ビジネスメールを終えるタイミング
要件が終わってからいつまでのお礼や謙遜やらのやりとりをするのは無駄であるということと、マナーを守ったレスポンスが必要という内容です。

基本的には、用件が終了したらそこで終了となるのですが、どちら側のどのタイミングで終わる、つまり、次の相手方のレスポンスが不要になるのかというです。これが分からない、または、正しくできていない人が残念ながらいらっしゃいます。実際に見聞きしたことがあったので記事にしたということでした。

メッセンジャーツールやSNSでも

上記の記事を書いたときには、ビジネスではEメールを中心に考えればよかったのですが、最近はSNS等のビジネスユースが普通です。私も、取引先の担当者さんやクライアントさんとSNSのメッセンジャーツール等でやりとりをします。スマホのビジネス利用も普通のことになっていますから、そういうことの影響もあるのでしょうね。気軽に手軽になった分、メールと同じように「どこでやりとりを終えるのか」ということを考えておくのも良いと思います。

無反応で終えてしまうことに注意

忙しい経営者さんに多いかもしれません。相手に何か返答を求めて、その返答が返ってきた。それを見て「OKわかった」と心の中で思って、無反応のまま終えるパターンです。「OK」と思ったのなら、そうそのまま返事を送ればいいんですよね。「既読」にはなっているから見ていることは伝わります。だけど、それに対して Yes なのか No なのか、はたまた別の答えなのか、ちゃんと言葉で伝えないと分かりません。

本当に、経営者さんはみんな忙しいです。くわえてスマホ等に慣れていないということもあると思います。だから、意図せず無反応な対応をしてしまって相手に心理的な負荷をかける。これ、本当に無自覚でやっていることが多いですから注意したほうが良いと思います。

 


 



従業員に対して提供する「安心感」について【零細企業が人材を確保するために】

人事系コンサルタントの永江です。
あなたが零細企業の社長さんであるならば、スタッフに対して何を与えるのかを考えることも大切です。それは、仕事なのか、お金なのか、それともまた別の何かなのか。

不安を持っているスタッフの行動

従業員が何か不安を抱えていると、仕事中にもそれが気になってしまいます。仕事そのものへの不安、たとえば顧客がライバル企業に乗り換えるのではないかとか、今月のノルマが達成されるかどうかとか、そういうものなら仕事そのもので払拭していけばよいです。仕事そのものへの不安ならば、仕事そのものへの良い影響につなげることも加納です。

一方で、たとえばプライベートでの不安があったりするとき、それが気になって仕事が手に付かないようだと困ります。できるだけ仕事中は仕事に集中してほしいし、本来は、働く人というものはそうあるべきです。でも、不安を持ってしまっていると、どうしても理想的な仕事の行動がとれなくなります。

会社がスタッフに提供できるもの

会社が、あるいは社長が経営者として、従業員に提供できるものはいろいろあります。まず仕事そのもの。そして、それによって発生する報酬としての賃金。福利厚生のもろもろ。やりがい、生きがい、といったもの。成長の実感や達成感などもありますね。

会社は従業員にいろいろなものを提供するのですが、その中で「安心感」というものも大切にしていただきたいです。前述しましたが、仕事そのもの以外に不安を抱えていると悪い影響が考えられるし、集中できずにパフォーマンスが悪くなることも考えられます。また、他の事柄を与えることによって安心感を提供できるということもあるので、提供できるもののひとつとして「安心感」をぜひ考えてください。

安心しないと続けられない

その安心感についてですが、会社自体に対して、あるいは自分が築きたい生活に対して、その会社に居ることで安心感が得られないと人は離れていきます。これは当然です。会社が継続できなさそうに思える。給料が少なくて生活設計が立てられない。こんな状態ではそこから逃げたくなるのは無理もありません。

ときどき経営者さんの中に、特にこの後半の部分に無頓着な人がいます。会社を継続していくことについては、社長自身の人生もかかっているから一生懸命になるのですが、部下スタッフの生活についてはそれほど関心がない。給料はちゃんと払う意欲もあって実際に払っているのだけれど、それが従業員の安心につながっていないというケースです。

安心感を持ってもらうためには、必要なのは単なる金額の大小ではなく、将来の見通しや、分かりやすさもあります。自分が担当している仕事が今後も続くのかどうか。続かない可能性がある場合に、それなら他のことで会社に貢献できるのかどうか。給料は将来的に上げられるのか、上げるためには何をしたらいいのか。いろいろな要素がありますが、とにかく安心しないと続けられません。

伝える努力を怠らない

結局はスタッフとのコミュニケーションの話になるのですが、安心してもらうためには伝えることが必要です。「分かってくれているだろう」「伝わっているはずだ」は危険です。他人というものは、自分の頭の中を見てくれるものではありません。いちど理解してもらえたように感じても、本当に誤解なく伝わったかどうかは何度も双方向のやりとりをしないと確認できません。とにかく、従業員に安心を提供するのは大切なことであり、そのために社長の考えや理念や、会社の仕組みや方針などを伝えることを怠らないようにしましょう。

 


 



経営に役立つ数学の考え方

人事系コンサルタントで思考力トレーナーの永江です。
私がコンサルタントとしてお手伝いするジャンルは人事に関係することです。とはいえ、経営そのものと切り離すことはできないし、経営は数字を切り離すことができません。ということで、今回は、経営に役立つ数学の考え方についてです。

基本的な計算は絶対に必要

まず、足す、引く、掛ける、割る、という四則演算は絶対に必要です。電卓やコンピュータで計算ができる現代であっても、基本的な計算はできなくてはいけません。計算することそのものもそうですが、なにか事にあたるときに、自分で計算式を作る能力も必要です。だから、足すことの意味、引くことの意味、掛けることの意味、割ることの意味、それらを正しく認識し、それぞれの違いも分かっていないといけません。

また、掛け算や割り算は、結果の概数を感覚的に捉えられるとなお良いです。「一ヶ月でこれくらいだから、これが一年すると……」というのは掛け算ですし、「これだけの業務を7人でやるとどれくらいの時間が……」というのは割り算です。これを電卓で出してから数字を見て考えるよりも、なんとなく概数の感覚で捉えられると素早い判断にもつながります。

因果関係を含めた論理的な説明力および読解力

数学の証明問題などは、論理的にものごとを説明するための練習だと考えられます。基本となる定義や定理があって、それをもとにするから、どうなるということを書いていきます。因果関係がしっかりしていることと、それによって説明できるということが必要です。

一方で、問題そのものが(わざと)わかりにくく書かれていることもあります。そういう場合は頑張って読み解く必要があります。読み解くときにも、とうぜん、書いてあることを論理的に理解していかなくてはいけないので、読解力につながります。わかりやすい文章を書くことは重要なのですが、難解な事象にあたってそれを論理的に紐解くことは経営をしていれば頻出事項ともいえます。そういう意味で、数学の中にある、論理的な説明をすることや読解をすることは経営に必須だといえます。

 


 



仕事が嫌ならやめればいいし……【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
小さな会社を経営していると、一人の人の言動が会社全体に影響を及ぼすことがあります。良い影響なら大歓迎ですが、それが悪い影響だと困ります。今回は、悪い影響を及ぼす人のお話です。

仕事がイヤだ嫌だという人

ときどきいらっしゃいますね。仕事の愚痴ばかり言っている人。仕事がイヤだとずっと言っている人。誰にだって嫌だと思うことはあるし、それが仕事の中にあることも珍しくないです。私の仕事の中にも、できれば避けたいと思うことはあります。でも、仕事自体がイヤだという人もいて、そういう人は、もう、仕事をやめればいいのに、と思います。

「いや、そういうわけにもいかない」「生きていくために仕事はしなくちゃいけないし」と返ってきそうですね。でも、何もいまやっている仕事だけが仕事じゃありません。世の中には、他にもたくさん仕事があります。イヤじゃない仕事を探せばいいんです。で、他の仕事を探すことを勧めたりしても、「そんな簡単に次の仕事は見つからないよ」と返ってきます。

苦労が美徳? 仕事を楽しんではいけない?

もしかしたら、そういう人の中には、「苦労することが美徳」と思っている人がいるのかもしれません。苦労することは良いことであり、「嫌だと思う仕事も頑張ってやっている自分はえらい」と考えている。そして、その自己アピールを周囲にしている。ものすごく自己肯定感の低い人の行動ですね。

あるいは、仕事というものを楽しむことは良くないと考えているかもしれません。仕事は苦労するものであって、楽しいというのは遊びであり、仕事に楽しいという感情を持ち込んではいけないという思い。大間違いですけどね。仕事は楽しんでいいし、楽しみながらだろうがなんだろうが、誰かの役に立てば報酬がいただけるのが仕事です。楽しいと思えるならそれに越したことはありません。

やめると言う人ほどやめない

会社に勤めていて、積極的に退職しようとする人は、会社にとってはけっこう重要度の高い人材だということがあります。けっこうあります。珍しくありません。一方で、「やめる」「やめたい」と言っている人が、言うほどやめないということもよく耳にします。やめたいならすぐにやめればいいのに、自分の退職を交換条件のようにして上司につきつける人もいるそうです。

やめるという言う人ほどやめないとすれば、これは上司からすると面倒です。おそらく放っておいてもいいのですが、そもそもパフォーマンスが低い可能性が高いです。あるいは、言動によって周囲に悪い影響を与えている可能性も高い。だから、本当は、「やめる」と言い出したら、「わかった。退職届を書いてくれ。」と言って書類を渡すのがいちばんです。そしてとっととやめていただく。そこで、「いや、すぐにやめるとまでは……」と言いながら、けっきょくやめないから困りものなのです。

「嫌だ」「やめる」の連発は指導対象

仕事の愚痴や、嫌であるということ、「やめる」や「やめたい」という発言を繰り返すことは職場の雰囲気を悪くします。だから、その人がどのていどの能力を発揮しているのかに関わらず指導の対象にしましょう。理由は「周囲への悪影響が懸念される」くらいでよいです。そして、指導をしても繰り返されるなら罰則を適用してもいいと思います。

もちろん、一方的に叱るだけというのも好ましくはありません。ちゃんと相手の言い分を聴くということも上司の心構えとして必要です。でも、ちゃんと聴くということを実行しつつも、その言動が指導の対象であるという認識は持っていないといけません。特に小さな会社で仕事への不満をまわりに吹聴するのは問題行動です。仮に本当の意味での不満があるなら、上司や経営者など、ちゃんとした筋を通して主張すべきです。それができない人を大事に扱う必要はありません。

 


 


言葉のニュアンスが人によるからこそ、定義を意識して伝える【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
幅広く、お子様から職業人のみなさんまで、人材育成のためのお仕事をさせていただいています。

先日、ある企業の社長さんが「一生懸命に話しているつもりなのに、どうも自分の意識や考えが伝わっていないように思う。」とおっしゃっていました。私はその社長さんが会社でどういうことをおっしゃっているのか存じていないのすが、「ひょっとしたら」ということでひとつのアドバイスをさせていただきました。

同じ言葉でも受け取るニュアンスが人によって異なる

それは、同じ言葉を使ったとしても、その言葉に対して受け取るニュアンスが人によって異なる場合がある、ということです。

たとえば、「うちの会社、ピンチだね。」とAさんが言ったとします。Bさんはそれを聞いて、「会社が倒産の危機!どうにかしなきゃ!」と慌てふためくかもしれません。でも、実はAさんが言った「ピンチ」とは、今月の営業成績がライバル会社に負ける可能性が大きいということでした。だから、倒産するほどの危機ではないけれど、「ピンチ」という言葉を使ったということ。

同じ「ピンチ」という言葉を使っているのですが、どのていどの危機が訪れているのか、言葉から受け取る二人のニュアンスが異なるので理解や意識にズレが生じてしまっています。こういうふうに、言葉のニュアンスのズレが意識のズレになってしまうことは意外と多いように思います。

言葉で伝えるなら言葉を大切に

社長がスタッフになにかのメッセージを伝える方法はいろいろあります。実は就業規則などのルールによってもメッセージを伝えられます。でも、ふだん、一番に多いのはやっぱり言葉によるメッセージだと思います。会社の理念、会社をとりまく状況、従業員にどうあってほしいか、などなど、いろいろなメッセージを言葉で発します。

我々、人間は、メッセージを言葉で伝えるとき、同じ言語体系の人どうしならきちんと伝わると勘違いをしがちです。分かってもらえないときにもどかしくて「なぜ分かってくれないの!?」と思うのは、分かってもらえるものだと思いこんでいるからです。でも、それがなかなかそうはいかないから言葉を丁寧にあつかい、ニュアンスレベルで整えていく必要があります。

社長からのメッセージでは言葉の定義を共有する

業界によって、会社によって、文化がちがうので、そこも言葉のニュアンスがズレてしまう要因になります。他業界から転職した人が、ある言葉の意味が思っていたのと違ってとまどうという話はしばしば聞きます。個人レベルでは生活環境などのプライベートな要因も言葉に持つイメージに影響するでしょう。

だから、社長からのメッセージは、その言葉のニュアンスが聞いているスタッフと同じかどうか注意しましょう。できれば、当たり前のように使っている言葉こそ、その定義をしっかり明確にして、定義や意味を共有して、それからメッセージ中の言葉として使ってください。ちょっと面倒な作業になるかもしれませんが、勘違いしたまま進むより良いと思います。

 


 


無駄を無駄だとスタッフは気づかないかもしれない【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
前回の投稿では、「人が足りない!」と感じたときに、もしかしたら仕事の無駄を削ったら人材不足が解消するかもしれない、というようなお話をさせていただきました。では、この、仕事の中にある無駄を従業員=スタッフは分かっているのでしょうか。

みんな一生懸命に働いている

不真面目で怠惰なスタッフが居る場合は実は話が簡単です。その人に指導をし、場合によっては改善が見られないときに辞めてもらうという選択ができます。でも、従業員の一人ひとりが真面目にやっている、あるいは少なくとも個々人の意識としては一生懸命であるときに、無駄があったとしても気づきにくいです。

仮に手待ちの時間帯があってその間の生産がないとします。その場合も、1日とか1週間という全体で真面目に働いているという思いがあれば、やっぱり「自分は一生懸命に真面目にやっている」と感じていると思います。このときの感じ方は、「一生懸命にやっているから無駄などあるはずがない」というものです。これは、無駄があるということがすなわち、自分が悪いことをしているという感覚になるからかもしれませんね。

無駄の把握は淡々と、人を悪者にせずに

「無駄」という言葉に対して、その対象となる人を悪く言うという感覚を持ってしまうのは仕方のないことだと思います。でも、無駄の把握はやっぱり必要です。だから、「あなたの仕事にこういう無駄がある」という指摘にならないように注意するのが良いです。

たとえば、「時間あたりの生産性を向上させたい」とか「手待ち時間に価値をつくりたい」とか、なにがしかポジティブな表現を考えます。具体的な言い方については、企業や現場によって変わるから、上記のものはあくまでも一例です。無駄の把握は淡々と客観的に行うべきであり、そこで人が悪者にならないような配慮をしてみましょう。

 

人は、なにか評価の類の言葉に対して感情をどうしても持ってしまいます。こっちが非感情的に、論理的に、客観的にと思っていても、相手がそうとは限りません。むしろ感情を排除するのはなかなかに難しいです。だから、そのことをアタマに置いておいて、どういう伝え方、表現の仕方がよいか考えることが大切なのではないでしょうか。