教えることのプロフェッショナルなら出来るはず

思考力トレーナーの永江です。
石川県の加賀市で小中学生の学習指導もしています。

あえて自慢をするわけではありませんが、
誰かに何かを教えることが私の仕事なので、
いろいろなことをお伝えしています。

そんななかで、ときどきこう言われることがあります。

「先生、たとえ話がうまいですね」
「たとえ話が分かりやすくて良かったです」

 

教え方の良し悪しは、
たとえ話がうまく出来るかどうかにあると私は考えます。
だから、この言葉は私にとっては最高の褒め言葉です。

 

なぜ、たとえ話がうまく出来ることが、
教え方の良し悪しと関係があるのかというと、
それは、たとえ話が出来るということが、
具体的な事象と抽象的な概念を
思考の中で素早く行ったり来たりできている証拠だからです。

具体的な出来事から抽象的な概念を思い描くことが出来る。
抽象的な概念から具体的な事例を挙げることが出来る。
これは教えるべき内容を本質的に理解しているからであって、
ただ頭に詰め込んだだけの知識では難しいです。

 

Aという概念に含まれる具体的な事象としてBとCがあるとします。
たとえ話が出来るということは、
Bとう事例が示されたときに、素早くAに思い至り、
そこからCという別の事例を導き出すことです。

これが出来るためには、
Aという概念を本質的に理解していなければなりません。
ただ無理矢理に記憶しただけの知識では、
Aという概念とBやCの事象を結び付けられないのです。

 

私は教えることのプロフェッショナルですから、
少なくとも教えている内容については本質を理解しています。
だから、たとえ話もうまく出来るし、
教え方が上手だとも言われるのです。

また、純粋に教えることのプロフェッショナルとしての技量があれば、
新たに仕入れたばかりの情報であっても上手に人に伝えられます。
私はまだ「どんなことでも」と言える域には達していませんが、
少しずつそんな「達人」に近づきたいと思って努力しています。

 

残念なことに、
教えることを職業としてお金をいただきながら、
これらのことを分かっていない人も多くいます。

本当に教える内容について理解しているのかどうか。
試してみるには
「たとえば? たとえば?」と何度も尋ねてみてください。
ちょっと意地悪な質問ですけどね。
プロなら対応できるはずです。

講師の席はプロフェッショナルの席

 


 


見える化には「図示」を活用、箇条書きでは不十分

思考力トレーナーの永江です。

見える化という言葉も随分と一般的になりました。
個人においては自分のアタマの中で考えていることを明確にして
次の思考をスムーズで質の高いものにするために、
組織においては所属するメンバーどうしの認識を共有して
同じ目標に向かえる誤解のない議論を行うために活用されます。

上記にあるのは事例であって、
もちろん他に活用できるシーンも想定されます。

とにかく思考を助けてくれるのが見える化です。

 

単に見える化というとホワイトボードや紙に書き出すことを言いますが、
本当に有効に活用するためには、その書き方が問題になってきます。
そして、この記事のタイトルにあるように、
いろいろな記号を使ったりして図示することが理想的で、
単なる箇条書きでは情報の羅列にすぎず不十分なのです。

下の図では、
上の方が箇条書きで、下の方は囲みを使った分類をして、
買い物メモが書かれています。

上の例では出来ない思考が下の例ではなされていて、
それは、なんらかのカテゴライズによる分類です。

買い物メモの例その1

買い物メモの例その2

同じメモ書きとして使用するならば、下の方がだんぜん良いですね。

 

このように図示といってもそんなに大げさなものでなく、
ちょっとした囲みや矢印などを使って簡単に出来るもので十分です。
でも、箇条書きにはない表現によってより多くの情報を見える化でき、
大変に便利なのがこの手法です。

 

情報を見える化するときには、
ぜひ、箇条書きではなく図示を活用するようにしてください。

 

文章を図示するワークも用意したWeb講座が好評です。
思考力アップの脳トレ講座(デキる塾編)

この講座では、思考力アップにつながる脳トレをたくさん用意しています。

 


 


作文:ちゃんと「受け」られる形にする

思考力トレーナーの永江です。

あまり上手ではない文章をある場所で見かけました。
同じようなパターンのものを他でも見たことがあるので、
誰でもやりがちなことかもしれません。

その文章をそのままここに書くわけにはいかないので、
同じパターンの良くない事例をひとつ紹介します。

 

『僕の習慣は、とても眠い朝も、自分の健康のために、頑張って起きて、ジョギングをしている』

 

区切りを分かりやすくするために読点(、)を入れていますが、
本来は無くても問題ないと思います。

この文章は、なんとなくおかしいです。
どこがおかしいのかというと、
『僕の習慣は』という部分を「受け」られる形の文言がその後に無いのです。

『僕の習慣は』と書き出したら、
その後のどこかに『◎◎です』や『◎◎だ』という形を作って
『僕の習慣は』を「受け」なくてはいけません。

おそらく『僕』の『習慣』はジョギングなのだと思われますが、
『◎◎をしている』という形では「受け」られないのです。

受けられない形の文章

これを以下のように変更すると問題のない文章になります。

 

『僕は、とても眠い朝も、自分の健康のために、頑張って起きて、ジョギングをしている』

 

最初の部分が『僕は』という形であれば
『ジョギングをしている』という部分で「受け」ることが出来るので
おかしなところが無くなるのです。

受けられる形に直した文章

 

文章が長くなると、「受け」を必要とする部分が増えて複雑になり、
正しい形で繋げることを忘れてしまうことがあります。

この事例の場合だと、
間に入る他の部分を省略してしまえば気づくはずですよね。
2つの文言の距離が長くなっているのが間違いの原因になっていますが、
他の部分も『ジョギングをしている』という言葉に対しての関係性は同じなので、
順番を変えても他のところでミスをするかもしれません。
したがって、いちばん最初の箇所を直してみました。

 

たぶん、口頭表現ならなんとなく意味が通るのでスルーされると思いますが、
文章にすると違和感があって気持ち悪いものになります。

そんなことにならないように、
あなたの書いた文章、「受け」がうまくいっているかいちどチェックしてみてください。

 

ふとしたことを思考するメルマガを発行しています。
思考力のトレーニングをする機会はいろいろなところにあるのですが、
それを上手くキャッチするための情報源にしてください。
「思考力トレーナーが思考について思考するメルマガ」


 


空気を読む ということ

思考力トレーナーの永江です。

空気を読むという言葉はいろいろなところで耳にします。
【デキる塾】で身につく能力の中でも
実はこの「空気を読むチカラ」を紹介していたりもします。

では、この空気を読むということはどういうことなのでしょうか。

短くいえば、
集団でいるときに、
その集団が全体として志向していることを理解することであり、
さらに自分自身の行動もそれに合わせようとすることも含みます。
洞察力の一種ともいえるでしょうか。

 

つまり、こういう事がひとつの例になりますね。

友達どうして集まって何をして遊ぼうか相談していると、
明確な意思表示があるわけではないけれども、
誰か提案したことへの支持が多いように感じられる。
だから、それに反対することはルール違反ではないけども、
全体として志向することとは違う可能性が大きいから
自分も同じことを支持することにしておく。

 

明確な意思表示や発言があったわけではないけれども、
なんとなく推測できる状況なんですね。

ということは、
何か推測できるだけの材料はあったはずで、
あるていどは論理的にも説明できるのが
「空気を読む」ということではないでしょうか。

なにも、超能力のような不思議なチカラではなく、
それまでに眼や耳に入れた情報で考えられるはずです。

誰かが言ったこと、発言、ちょっとした仕草、目線など
なんらかの行動に現れたことの総合的な評価が
ここで「空気」と呼ばれることではないかと考えます。

したがって、空気を読むのに必要なものは、
他人の発言をしっかり聴いて納得する理解力、
誰かの行動や発言を見落としたり聴き逃したりしない集中力、
それらを論理的に組み立てられる思考力、などです。

空気が読める人は、
これらをなんとなく発揮しているのだと思います。

 

空気を読めるようになりたいという人は、
これらの能力を少しずつ高める練習をしてみればいいのです。

すぐに例の病気を疑うのじゃなくね。

 
 


矢嶋美由希さんとのコラボセミナー
「フレームワーク思考への応用」@東京

マインドマップの実践的な活用を少人数で学べるチャンスです!

 


 


哲学カフェに参加してきました

思考力トレーナーの永江です。

思考するときのコツをお伝えしているのが私ですが、
そもそも「考える」ということが大好きです。

「考える」ことを色んな人との対話の中で出来る「哲学カフェ」が
小松市で開催されたので参加してきました。

主催は FutureSchool KOUKI さんという
小松市で学習指導などを行っている団体さんです。
会場はお馴染みの Cafe&Salon SWAN さんです。

哲学カフェ

哲学カフェでは、
予め決められたテーマに沿って参加者が自由に対話をしていきます。
色んな人が集まるので、色んな意見を聞くことが出来ます。
もちろん私も発言をします。

今回は「成長」がテーマだったのですが、
成長するということ、成長を望む人とそうでない人、
教育に関することなど、いろんな考えに触れることが出来て、
とても有意義な時間を過ごさせてもらいました。

どんな人も「考える」ことからは逃れ得ません。
生きていればいろんな思考シーンが訪れます。
どうせ思考しなければいけない、考えなくてはいけないならば、
なるべく楽しく考えたいですよね。

リラックスできるカフェ空間で開催される「哲学カフェ」。
全国各地で、世界中のあちこちで開催されているようです。

でも、北陸ではちょっと少ないようで、
小松市で開催されているKOUKIさんは貴重な存在です。

来月5月も10日に開催される予定のようなので、
ぜひ、また参加したいと思います。

 


 


揉める会社は良い会社?

思考力トレーナーの永江です。

組織に属していると、
内部でいろんな揉め事(もめごと)が発生することがあります。
会社、サークル、町内会、などなど。
組織の大きさや種類にかかわらずあり得ることです。

熱くなって主張をぶつけ合うと、
声が大きくなってしまい、時には乱暴な言い方も出てしまいます。

そういう状態を良しとしない人もいます。
「ケンカは良くない」と。

 

しかし、
ケンカなどの揉め事のすべては組織の中で良くないことなのでしょうか。

 

揉めるのはお互いが本気になっているからです。
どうでもいいことで主張のぶつかり合いにはならないでしょう。
譲りたくない思いがあるから熱くなるのです。

「大きな声を出さなくても冷静に話しあえばいい」
たしかにそうなのですが、
思わず声が大きくなってしまうような熱意があるとも言えます。

斜に構えてシニカルな態度をとっているよりもいいです。
淡々と波風を立てずに過ごしているより、
周りとぶつかり合いながら主張しあう方が建設的かもしれません。

 

ところで、
「あなたの◎◎という主張は間違っていると思う」
と言われると、まるで自分自身が否定されたように感じる人がいます。

私見ですが、そういう受け止め方をする人ほど
議論の中身と人格評価を混同しているように思います。
そして、議論の中身を批判すべき場面で
自分自身が相手の人格批判をしています。

自分の主張をするために相手の主張を否定することはあるはずです。
主張がぶつかるということはそういうことですから。

でも人格否定はいけません。
そして、自分の主張の内容を非難されているときに、
自分自身が非難されているなどと感じてはいけません。

 

決して人格を非難しあうことなく、
お互いの主張をぶつけ合って切磋琢磨していく。
時には激しい口論も恐れない。
そんな組織の方が人間的であり、より魅力のある成果を生み出すように思います。

熱い口論も大歓迎です。

激しい口論も大歓迎
 


 


論理的な思考のために階層的な分解を

思考力トレーナーの永江です。

ロジカルシンキング、日本語でいえば論理的な思考。
これはとても大切です。

感性は人によってさまざまですが、
論理は人の特性に寄らないものなので、
うまく活用すると良質のコミュニケーションにも役立ちます。

 

思考の対象となるものはさまざまな要素を持っています。
対象について考察していたり議論していたりするとき、
それが持つさまざまな要素を適切に扱わないといけません。

適切に扱うために必要なもののひとつに、
要素を階層的に分解する、ということがあります。

これは、
大分類、中分類、小分類というふうに分類の大きさを変えていくことであり、
日本 > 都道府県 > 市町村 > ……
という段階的に分割していくような場合と同じです。

これが出来ていないと、
なんでもかんでも「いっしょくた」に考えてしまうので、
論理的な思考にはつながりません。

階層的な分解はいろんなことで練習できます。
大分類、中分類、小分類、の三段階くらいならちょっとした時間にできます。
身の回りにあるいろんなものを使って思考の練習をしましょう。階層的な分解

 


 


新聞は作文の見本になるか

思考力トレーナーの永江です。

私は小学生向けに作文指導をしていますが、
大人向けにも文章の書き方をお伝えしたりもしています。
デキる塾でも文章を考えるワークやテーマがあります。

その中で、受講者・セミナー参加者の方から質問されることがあります。
「どんな文章がお手本になるんでしょうか」
と。

 

正直に言うと「ジャンル」で推奨することはなかなか出来ません。
学術書でも、小説でも、雑誌でも、書いた人によるとしか言えないんですね。

 

そんな中、
新聞を教育に活用するという取り組みが行われています。
かなり以前からあることですが、最近は昔よりも多くなっているような気がします。

新聞を切り抜いて行う調べ学習の有効性については、
先日も北陸中日新聞(東京新聞)で齋藤孝さんが述べておられました。

なにせ昨今のいろんな出来事について、
まさに5W3Hの必要なことを網羅して書かれているので、
学びのネタが満載なのが新聞です。

書かれている漢字が読めるような学年になれば、
とても有効な教材として活用できるのが新聞だと思います。

 

こんな背景もあってか、
作文のお手本に新聞が良いのではないか?と私に尋ねられる人もいらっしゃいます。

たしかに新聞社さんには文章作法のルールがあるはずで、
それに沿ってまとめられた文章群はお手本になりそうですよね。

しかし、正直にいうと、これも書く人によるといえます。

ものすごく読みやすく分かりやすい社説もあれば、
何が起こったのかを理解しづらい記事文章もあります。

社内のルールには沿っているはずなんですが、
分かりやすい文章というのは、さらにそれに加えるべきコツがあるんですね。

 

したがって、「新聞をお手本に」と尋ねてこられる人にはこうお話をしています。
「新聞の中から分かりやすい文章と分かりにくい文章を見つけ、
 分かりにくいものを分かりやすくする練習をしてください。」
と。

練習の題材とするには膨大な量の文章があります。
せっかくなのでこれを活用しましょう。

そして、お手本となる文章もあれば、そうでないものもあります。
どちらも題材になります。どちらも活用しましょう。
ただし、「反面教師」も含まれるので注意しましょうね。

 

なお、
新聞社さんには特定の主張があって、それにそって編集されるのも事実です。
作文のお手本とは別として、書かれている主張や情報のあ使い方にも注意が必要ですが、
これについては別の機会に触れたいと思います。

 

作文

 


 


個人の方へ、大人の学びの家庭教師です

思考力トレーナーの永江です。

私が思考力アップのお手伝いをしているやり方として、
セミナー以外に個人セッションの形式もあります。

それがデキる!大人の家庭教師(思考力ワークの個人セッション)です。

じっくり自分にあったワークをやっていきたい。
特定の目的のために考えるチカラを伸ばしたい。
資格取得のために記憶する能力を向上させたい。

そんな人たちのお手伝いをしています。

 

なにか目標がある人は努力は惜しまないんですよね。
でも、ちょっと効率が悪かったりすることもあります。

上手にアタマが使えていればもっと素早く達成できるのに、
ということも多いようです。

そんな人のちょっとした手助けをしています。

 

くりーん!とアタマをスッキリさせて、
次の日からはいっそうバリバリと活躍していただきます。

お仕事だけとは限りません。
たとえば家事や友人関係をうまく維持していくのにも
考えるチカラが必要だったりします。

考えるチカラは適切なトレーニングワークで身につきます。
いっしょに「考え」ていきましょう!

デキる!大人の家庭教師(思考力ワークの個人セッション)

課題を持っている人はすぐにお申し込みください。

デキる君


 


思考力トレーナーの哲学(?)メルマガ紹介

こんにちは。
思考力トレーナーの永江です。

今日は私が発行しているメルマガをご紹介します。

その名も
「思考力トレーナーが思考について思考するメルマガ」

思考力をアップさせることのお手伝いをしている私が
思考ということ、つまり考えるということをアレコレ考えます。

モヤモヤがスッキリすることもあります。
暮らしの中の課題が分かりやすくなることもあります。

でも、
思考をいじくりたおして放ったらかしにすることもあります。

たまに哲学的なことを書いたりします。

いろんな思考をしてみて
アタマの体操のきっかけにしてもらえるメルマガです。

思考力トレーナーが思考について思考するメルマガ
まぐまぐ!で配信中。登録してみてください!

最新号は↓こんな内容でした。
=====ここから最新号の転載=====
先週くらいから人と対話したりセミナー受講したりすることが多く、
他人さまのお話をうかがう機会を得ています。

あるセミナーに参加していたときのことですが、
どうも講師の方がおっしゃっていることが腑に落ちませんでした。

※特定を避けるために曖昧な表現にします すいません

全体としてはおっしゃることがよく理解できて納得しているのですが、
ある部分についての事例の挙げ方が、モヤモヤとしているのです。

話の筋道や因果関係がおかしいわけではないのですが、
どうも「なっとくした!」という感覚になれない。
なんとなくモヤモヤでした。

そして、一晩あけて、
さきほどセミナー内容について振り返っているときに、
そのモヤモヤ部分で使われていたある単語について
Web上の国語辞典で調べてみました。

なんと、私がふだんの認識で使っている意味のほかに、
別の意味でも使えるというではありませんか!
そして、その意味で講師の方のお話を振り返ってみると
なるほどなっとくでモヤモヤがすっきりしたのです。

言葉にはそれぞれ意味があって、
同じ言葉を使うどうしは共通認識を持っているからこそ
コミュニケーションが成立するのです。
でも、複数のいろんな意味を持つ単語もあったりして厄介です。

さらに広げて考えてみると、
辞書に載っているような意味としての違いじゃなくても、
相手と自分が持っている「なんとなくのニュアンス」が
微妙に違っていることによる会話の食い違いというものもあります。

これを埋めるには、
お互いに認識を確認しながら対話をするのがいいと思いますが、
時間が限られていたりして出来ないこともあるかもしれません。
雑談の中ならあまり気にせず流しているかもしれません。

そのまま気づかずにね……。

さて、そのズレをなるべく少しでも減らすにはどうしたらいいか???
この思考も未だ答えを得ず

=====ここまで最新号の転載=====

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