セミナーや説明文章における「嘘も方便」

思考力トレーナーの永江です。
私はセミナーの中で、あるいは何かを説明する文章の中で「事例」を挙げることがあります。

事例によって具体的なイメージを持ってもらえる

ざっくりいうと、何かを説明するときには全体のまとめを伝え、そのあとで具体的なことを伝えると伝わりやすいです。たとえば……、

僕の宝物は家族です。家族はお父さんとお母さんとお兄ちゃんです。お父さんは◯◯をしていて、……

こういう構成の文章だと伝わりやすいです。だから、私のセミナーでのお話や、何かを説明する文章では、これから話す内容の要約を先に伝え、そのあとでだんだん内容を細かくしていき、いちばんに具体的なことを伝えるときに「事例」を紹介したりします。要約としてまとめた言葉は普遍的な意味を持ちますが、具体的な事例があると実際のイメージがリアルに持てます。抽象的な要約と、具体的な事例の、両方があるとよいので事例を使ってお話をします。

かならずしも、事例は事実でなくてもよい

具体的なイメージを持ってもらうのが事例の目的であれば、その目的を達成するためにはかならずしも本当の事実である必要はありません。事例が事実であるかどうかなんて相手には分からないことが多いし、本当に伝えるべきことが抽象的な普遍性の部分であれば具体例はイメージを持ってもらうための手段にすぎません。だからその場の創作でもなんら問題はありません。

この話をある人にしたときに「でも、やっぱり、嘘はよくない」と入れました。事実でないものは嘘になるんですね。おそらくこの人は、何が目的で何がそのための手段なのか切り分けができていないと思います。そのときに達成すべきものは何なのかと考えるとわかるはずだと思うのですが……。

 

「嘘も方便」というと、悪い事のいいわけをしているみたいに受け取る人もいるかもしれません。でも、そもそもぜんぜん悪いことはしていないのです。伝えるべきことを伝えるために、いろいろな手段を使う。そのうちの1つにすぎません。

 


 



ビジネス的な情報伝達で大切な いくつかの要素

人事系コンサルタントの永江です。
今回はコミュニケーションについてのお話

要素の不足によるコミュニケーションの不出来

コミュニケーションというものは意外と難しいものです。思った意図で伝わらないこと、「そういう意味じゃなかったのに!」と思わされること、勘違い、誤解、いろいろと問題が起きます。日常のなんでもない会話でもそれは起こりえるし、ビジネスにおける情報伝達でも同様です。そして、ビジネス的な情報の伝達では、要素の不足によってミス・コミュニケーションとなることがしばしばあります。

要素の不足とは、伝えるべきいくつかの事柄のうちのいくつかについて伝達もれとなることです。たとえば話の全体として顧客からのクレームを伝えるとします。そのときに、クレームの内容は伝えたけれども、どんな顧客からのクレームなのかという情報を伝えなかった。しかし、ばっちりターゲット層に重なる人からのクレームである場合と、かなり外れた人からの場合では、ビジネス上での対応は違ったものになるはずです。伝えるべき要素に不足があると、その後の思考が正しくできないという結果につながりかねません。

伝達要素のうちでビジネスで有益なもの

ビジネス=仕事における情報伝達では、伝えるべき大切な要素として次のような事柄を考えておくとよいです。それは、1.全体的な累計、2.事柄の主体者、3.事柄の対象者または対象物、4.全体としての背景、5.理由や原因、6.時系列における具体的な進行や流れ、7.結果や結論または要約。日常会話でこれらを漏れなくしようとすると面倒くさそうな会話になってしまいますが、ビジネスにおいては漏れがないことは大切です。誤解なく、その後の思考が比較的に正しく行われるようにするためにこれらの要素は重要です。

情報伝達に漏れをなくして論理的な思考につなげる

上記の要素についての考え方は、ビジネスを科学的に進めるために有効です。科学的であるということは論理的であるということでもあります。感性でビジネスを進めて成功できる人にはなくてもよい考え方かもしれませんが、多くの人は論理性という共通言語によって成功の再現性が高められます。この辺のことはまた別の機会で触れたいと思いますが、ビジネスにおける成功のために論理性は重要であり、論理性のある思考のために情報に不足があっては好ましくないということです。情報伝達に漏れをなくして、論理的な思考ができるようにしていきましょう。

 


 



テレワーク、リモートワーク、注意すること

人事系コンサルタントの永江です。
最近はテレワークとか、リモートワークという言葉が知られるようになりました。
働き方が多様になったことのひとつの象徴だと思います。

テレワークとは、リモートワークとは

簡単にいうと、会社に出勤しないで他のところで仕事をすることです。ただし、古くからある営業職のように客先に出向くとか、運送業のように外に出ることそのものが仕事になるものではありません。たとえば経理の仕事を自宅でやって、必要に応じて会社の同僚や上司・部下と連絡をとる。つまり、以前は会社にいて事務所の中でやっていたような業務を、自宅などのスペースで行うことをいいます。そのときに、完全に独立してやるのは無理で、なんらかの連絡をとりあうことや情報共有が必要なので、それらはインターネットを通じて行うのが一般的です。

コミュニケーションのメインはインターネット

テレワークやリモートワークと呼ばれる働き方をするときに、コミュニケーションは主にインターネット経由になります。チャットやEメールなどの文字のやりとりや、Zoomなどを使ったテレビ電話的な会話など。必要なときにつながって情報の受発信をします。

すばやいやりとりなら電話、ネット回線の通話がよいでしょうね。情報の記録ややりとりのログを残したい場合はグループウェアやチャットツールなどが向いています。リアルタイムである必要性が低く、相手のタイミングで読んでもらればよいとなれば、メール型や掲示板型のツールが活躍しそうです。

文字情報だけのときの注意点

これは私自身が何度も体験していることです。文字だけの情報だと、相手の感情や微妙なニュアンスが分からないんですよね。だから、同じ文章が書いてあっても、受信する側の勝手な想像で、「怒っている」「冗談ぽく言っている」「嬉しく思っている」などの感情面が実際とは違った受け取られ方をすることがあるのです。

そして、相手を不快にさせるつもりなどまったくないような事実を伝えただけなのに、相手が嫌な思いをしたりすることもあります。本当に言葉どおりの質問をしたのに、なにか裏があるのではないかと思われたこともあります。人間は自然に行間を読む生き物なんですね。

だから、私が文字のみで情報をやりとりするときには、なるべく優しい印象で相手に伝わるように言葉を選ぶようにしています。たまに怒りを表現するためにキツイ言い回しを入れますが、こういうときはかえって失敗します。怒りが相手に伝わらないという……。けっきょく、文字の情報は淡々と、でも優しい言い回しで伝わるようにして、感情を伝えるときにはそれに相応しい音声通話などを使うのが良さそうです。

テレワークやリモートワークを導入しようとしている人は、ちょっとアタマの隅に置いておいていただくといいかもしれません。

 


 



人の心や感性に気を配る【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
経営者が自然に陥りがちな思考について、その注意点。

日常の経営は左脳的になりがち

経営者の思考は左脳的になりがちです。未来のことをイメージしたりするのは右脳的な活動なのですが、日々の経営はきわめて左脳的。収支を考えたり、キャッシュフローを考えたりする数字の計算や、経営計画にもとづいたプロジェクトやタスクの管理など、左の脳みそが大活躍です。小さな会社であれば社長はそういうことを日常的に考えていますから、頭の使い方そのものがしだいに左脳的になっていきます。

スタッフは右脳的な感性を持っている

もちろん経営者だって右脳的な感性を持っているのですが、上述のような傾向が出てしまう。それに対して従業員スタッフは、その人の中の割合として社長よりも右脳的な思考が強くなります。本来はこちらがヒトとして一般的なのかもしれませんね。仕事をしながらでも、右脳的な感性や感情、心の部分がバンバン出てきます。

社長に気をつけてほしいのは、その、スタッフがバンバン発揮してしまう感性や感情の部分も大切にするということです。良いことだとは思いませんが、どうしても感情が仕事に影響を及ぼします。イライラしていたら仕事の質が落ちるかもしれません。他のことが気になって仕事に集中できずにミスをするかもしれません。どうしても仕事に影響してしまう要素として心や感性というものを持っているのです。

人の心や感性に気を配る

考えてみたら従業員だけではなく、社長さんはたくさんの他人を交流をします。そしてそのすべての人が心や感性を持っています。社長がいくら左脳的に理性で物事を考えても行動をしても、相手は感情をもった人間です。その人達の心や感性に気を配るのは、ある意味ではマナーだともいえるかもしれません。

そして、従業員スタッフは会社にとっての財産です。その財産を大切に考えるなら、心や感性、感情の部分も大切にしなければいけません。経営者の日常は左脳的なアタマの使い方になりがちなので、バランスをとるために、人の心や感性に気を配ることを強めに意識することをお勧めいたします。

 


 



情報共有や指示出しのあれこれ

人事系コンサルタントの永江です。
組織の運営において重要なもののひとつに情報共有があります。
また、上司から部下への指示出しも情報を伝達することになり、ある意味では情報共有の一環と考えてもいいかもしれません。

情報共有のツールはいろいろ

たとえば簡単な指示や報告ならば、口頭ですますかもしれません。記録を残しておく必要があると書面を発行したりします。最近ではそれが電子的なものになり、口頭伝達ではなくメッセンジャー系のツール、書面ではなく電磁記録になってきています。ウェブアプリケーションとしての情報共有ツールもいろいろあるし、私もクライアントさんとの情報共有で複数のものを活用しています。

ウェブ系のツールだと有名なのは、ChatWork や Slack、Trelloなどがありますね。かぎられた範囲での利用なら無料のものも多くあるし、有料にしてもそれほど高額でないものがたくさんあります。そして、もちろん電話も情報共有のツールですし、口頭での伝達もあるひとつのツールと考えていいかもしれません。

ツールに対する苦手意識

ツールや道具であるなら、人によって得意や苦手があります。たとえばウェブ系のツールはいかにも今どきな感じがして便利ですが、タイピング等での入力が苦手な人にとってはツールそのものが苦手になるかもしれません。アナログで紙に書くとしても字のきれいさが求められるから苦手意識のある人は多いし、どんな道具であっても同様のことは考えられそうです。

苦手意識があると使うことを回避したくなるのが注意点

使うべき道具に対して苦手意識があると、それを使うことを回避したくなるのが人間というものです。たとえば、ウェブ系の共有ツールで情報を保存すべきとき、入力が面倒だと書き込む情報が簡素なものになってしまうこともありそうです。話すのが苦手な人の場合は逆に、急ぎの用であってもクラウドに書き込んですまそうとするかもしれません。そうすると情報の適切な扱いから遠ざかった運用になってしまいます。

純粋にツールの適正で使い分けるのが理想

人間はどうしても個人々々の感覚を持っています。だから、苦手があると避けようとします。けれども、情報共有のためにどのツールを使って、どういうふうに活用するのかは、本来は個人の得意とか苦手で考えるものではありません。でも、実際に行われていることは、情報を共有することにしろ、上司から指示を部下に伝えることにしろ、そのときそのときの感覚で使い分けてしまうのが現状ではないでしょうか。その辺に注意をしながら情報ツールを丁寧に使っていきたいものですね。

自分のことは他人に訊く

思考力トレーナーの永江です。
キャリアコンサルタントとしてのお仕事の中で感じること。

自己理解や自己分析

進路やキャリアについての相談を受けると、自然と自己理解や自己分析の話になることが多いです。過去や現在についての自分を振り返ってもらって、そこから未来のプランを考えたりします。また、私自身も一人の事業者として自己分析をするし、その結果をもとに事業の計画を立てたりもします。これは、いちどやったらそれでいいものではなく、折に触れて、あるいは意識的に機会をもうけてやるとよいです。人は常に変化をしますから。

自己理解や自己分析というのは言葉のとおり、自分のことを知って分かっておこうとするものです。働くということに関連するものなら、経験や能力、実績などの棚卸しをします。そして、自分の性格や価値観、好みの傾向なども分析をして、どういう仕事の選択をすれば幸せな人生になるかと考えたりします。漫然と人生の選択をするよりも、やはりあるていどしっかりと考えておくのが良いと思います。

「自己」によることの限界

自己理解も自己分析も、とうぜんですが自分で自分に対して行います。でも、自分のことは自分が一番に分かっているかというとそうではありません。意外と分かっていないのが自分というものであり、そこにはどうしても限界があります。ときどき「自分のことなんだから、自分でよく分かっていますよ」という人がいらっしゃいますが、比較して一番かもしれませんが、それで十分に正確であるということもなさそうです。

また、考えてみたら分かることですが、職業として発揮すべき自分というのは主観で見えている自分ではありません。あなたが職業の中で活躍させるべきあなたは、他人から見たあなたです。あなたを評価し、あなたの活動に感謝をし、あなたの能力や人柄に惹かれて報酬を用意してくれるのは他人です。他人から見られたあなたでしか仕事は成立しません。そういう意味でも、やはり「自己」による理解や分析の限界も知っておくのが良さそうです。

インタビューを受けて得た気づき

先日に、とあるインタビューを受けました。ある媒体に掲載をしていただくためのものですが、ライターさんが私にインタビューをして、私を紹介してくださる記事を書いてくださいます。その中で「つまり、永江さんは◯◯なんですね。」と言われてハッとしました。たしかに、言われてみればそうだ。でも、自分で意識することはあまりなかった。しかし、他人から見える私はそうなんだな、と。

個人事業主としての私は自分で自分を評価することが多いです。一方でクライアントさんなどから評価をされているはずですが、客観的に言えることを明確に伝えてくれているとは限りません。むしろ遠慮をされて、感じていることでも言ってもらえていない可能性もあります。実際に、インタビューによって客観的な自分の一部を知ることができました。こうやって他人に自分を掘り下げてもらうのは非常に価値のあることだとあらためて感じた出来事でした。

コンサルティングを受けるということも、今回の私がインタビューを受けたことに似た価値があります。自分では気づかない自分のことに気づかせてもらえるチャンスとなります。自分のことは自分が分かっているとは断定せずに、自分が気づいていない自分に気づくために、他人に訊いてみることをお勧めします。

 


 



上に立つものが持つ「ちゃんと説明する」という責任

思考力トレーナーで、人事系コンサルタントの永江です。

そういうものだから、そうする。決まりだから、ルールだから。

しばしば耳にすることです。学習塾や学校で生徒が「どうしてそうなるの?」と先生に尋ねます。それにたいして先生の答えが「そういうものだから、そう覚えておいて。」というもの。会社でも同様の場面があって、私自身が何度も出くわしました。部下が上司に「これをこうするのは、なぜでしょうか?」と質問すると、上司が部下に答えるのが「会社の決定だから。」とか「そういう決まりだから。」というものです。

言葉の意味として間違いではないんですよね。そういうものだから、そうする、そうなる。決まりだから、そうする。決定事項であるからそうする。それ自体は間違ってはいないことがほとんだと思います。

理由を伝えられないことの弊害やデメリット

そういうものであるとか、決まりであるとかは、たしかにそのとおりなのでしょうが、言われたほうはそれで納得するのでしょうか。私が接するケースだけではないと思うのですが、やはりどこかに不満げな感じになってしまうと思います。学校や塾の生徒なら、モヤモヤした感じで無理やり覚えようとするから勉強が楽しくありません。会社の部下なら、不満を持ちながらその業務にあたることになります。

子供の勉強についていえば、せっかく持った「どうしてだろう?」という好奇心を阻害することになります。会社の部下の例でいうと、意欲が低い状態で仕事をするのでパフォーマンスが悪くなる可能性があります。いずれにしても、理由が説明できないというのはあまりよろしくありmせん。

「そういうもの」だと伝えがちになる3つのパターン

学習塾や学校の勉強の場合は、事実として「そういうもの」だと言えるケースが3つに分類できます。ひとつは自然の摂理としてそうであるもの。2つめが、便宜上で誰かがそうだと決めて一般的に運用されていもの。3つめは、それによって成立する定理のようなものです。

1つめの自然の摂理は、たとえば万有引力があることのように、いわば「神がそうしたもうたこと」です。おそらくいくらつきつめても「理由」は分からず、せいぜい、「原理」を解明できるくらいでしょう。こういうものの説明に、私の場合なら、まさに「神様がそうしたのだ」と言います。これについては「理由などない」と言ってもいいし、我々が生きているこの世界は、そういう「神の創造物」のうえに成り立っています。

2つめのものは、たとえば数学で使う加減乗除の記号「+、ー、×、÷」や等号「=」や不等号「>、<」、簿記において貸借のどちらのグループを右にするのか、左にするのか、といった事柄などです。これらは、そもそもそうじゃなくても問題はなかったのですが、いったん誰かがそういうふうに決めて、あるいは自然に共通の符号としてみんなが使うようになって、それで、後世に生きる我々もそれに倣っているだけというものです。だから、これらについて「なぜ?」と質問されたら、私は、「誰かがそう決めた。誰かが決めなければ話が進まなかった。進めてくれた人に感謝しながら、それに倣って我々も話を進めよう。」と説明します。

3つめについては、1つめと2つめによって成立する事柄なので、それを使って説明できます。だから、3つめのことについて質問されて答えられないとしたら、その事柄について知識がないか、怠慢か、口止めをされているか、のどれかです。知識がないなら「すまないが、知らないのだ。」と正直に言う潔さがほしいところです。怠慢は論外なので心を入れ替えましょう。口止めというほどじゃなくても会社の場合なら、立場上の問題で言えないこともあると思います。この場合も「決まりだから」や「会社が決めたことだから」ではなくて、もっと上手な言い方を考えるべきだと思います。「すまないが、今は言えないのだ。申し訳ない。」と素直に言える上司のほうが部下は信頼するんじゃないでしょうか。

「上に立つ」ものの心構えとしての「ちゃんと説明する」姿勢

私は、上述の3つのパターンを意識したうえで「そういうものだから」と言っておしまいにすることを出来るだけ避けています。神様がそういうふうに作ったことと、誰かがそういうふうに決めたこと。これらは、本当にそのように伝えます。そして3つめのパターンについては全力で説明をします。分からない場合は「分からない」と答えます。塾の学習指導の場合は、自分への宿題として、次回までに調べて答えるようにしています。

会社員として働いていたときも、部下から質問されたときに「そういうもの」という言い方はぜったいにしないようにしていました。自分がそういう言われ方をしたときに納得できなかったからです。ときには、同僚の管理職が部下に対して「会社が決めたから」と言っているのを聞いて「彼にとってはあなたが『会社』なのだから、そういう言い方では不満が残る」と主張したこともあります。これは今になって考えると越権行為であった可能性もありますが……。

いずれにせよ、下から仰ぎ見られながら質問を受けたときに、それを受ける立場の人間は「ちゃんと説明する」姿勢が重要だと思います。そうでなければその立場にいることの責任を果たしているとはいえないとさえ思います。「調べてからあとで答える」でもかまわないと考えればそれほど大変ではないはずです。上に立つ人の心構えとして持っているといいのではないでしょうか。

 


 



言葉の定義を大切にすること

思考力トレーナーの永江です。
言葉には意味があって、その意味を共有できるからコミュニケーションが成立します。

辞書に載っている「言葉の定義」

国語辞典などには、言葉が持っている意味が掲載されています。ひとつひとつが「言葉の定義」と言ってもいいのではないかと思います。言葉によっては複数の意味があって、数字をふって順番に説明されています。知らない言葉であればその意味を知ることができて、知っている言葉であっても自分の知らなかった意味に出会うことができます。基本的に、辞書に載っている「言葉の定義」は、学者さんというか、その言語の専門家の方々が認定されたものだと思いますが、あるていど広く一般的な使い方に沿ったものだと思います。だから、辞書に掲載されている意味でその言葉を使っていれば、間違いということはないはずです。

自分自身の認識をもとに言葉を使う

では、我々がふだんから辞書に載っている意味で言葉を使っているかというと、実はそうではありません。辞書を片手に確認しながら言葉を使うことはないですから。ふだん言葉を使うときは、自分の頭の中にある認識をもとに作文しています。場合によっては辞書を見ることもあると思いますが、ほとんどの場合で、我々は自分自身の認識をもとに言葉を使っているわけです。

人によって言葉の認識にズレがあり、誤解が生まれる要因となる

あるひとつの言葉についてお互いが持っている認識がピッタリと合致していれば誤解を生んだりすることも少なくなるでしょう。でも、ちょっとした認識のズレはどうしても発生します。ある言葉に持っている認識、そして、その言葉から受ける印象やイメージは、どうしても個々人によって差があります。ところが、この差異は、なかなかコミュニケーション中の前提としにくく、むしろ差異がないことを前提として言葉のやりとりをしがちです。だから、言葉の認識のズレはそのまま残り、誤解や行き違いが生まれる要因となります。

誤解なく伝えるためには、言葉の定義を意識しよう

言葉を使うということは、相手に何かを伝えようとするからです。もちろん、独り言のようなものもありますが、基本的にはコミュニケーションのために言葉があります。ということは、誤解のある状態で言葉を相手に渡してしまうのはもったいなくて、正しく伝わるに越したことはありません。言葉の意味には定義があるが、それは人によってズレていることも大いにありえる。だから、相手に伝えるときには、言葉の定義、言葉が持っている意味において、相手と認識を共有できているかに注意しましょう。ちょっと面倒くさそうですが、けっこう大切なことだと思います。

 


 



忙しい経営者は注意。メッセージのやりとりの終え方

思考力トレーナーの永江です。
ビジネスでも自分の頭を使って考えることを推奨します。

ビジネスメールでやりとりを終えるタイミング

もう何年も前になりますが、ビジネスメールのやりとりで、どこで終えるとよいかという記事を書きました。
ビジネスメールを終えるタイミング
要件が終わってからいつまでのお礼や謙遜やらのやりとりをするのは無駄であるということと、マナーを守ったレスポンスが必要という内容です。

基本的には、用件が終了したらそこで終了となるのですが、どちら側のどのタイミングで終わる、つまり、次の相手方のレスポンスが不要になるのかというです。これが分からない、または、正しくできていない人が残念ながらいらっしゃいます。実際に見聞きしたことがあったので記事にしたということでした。

メッセンジャーツールやSNSでも

上記の記事を書いたときには、ビジネスではEメールを中心に考えればよかったのですが、最近はSNS等のビジネスユースが普通です。私も、取引先の担当者さんやクライアントさんとSNSのメッセンジャーツール等でやりとりをします。スマホのビジネス利用も普通のことになっていますから、そういうことの影響もあるのでしょうね。気軽に手軽になった分、メールと同じように「どこでやりとりを終えるのか」ということを考えておくのも良いと思います。

無反応で終えてしまうことに注意

忙しい経営者さんに多いかもしれません。相手に何か返答を求めて、その返答が返ってきた。それを見て「OKわかった」と心の中で思って、無反応のまま終えるパターンです。「OK」と思ったのなら、そうそのまま返事を送ればいいんですよね。「既読」にはなっているから見ていることは伝わります。だけど、それに対して Yes なのか No なのか、はたまた別の答えなのか、ちゃんと言葉で伝えないと分かりません。

本当に、経営者さんはみんな忙しいです。くわえてスマホ等に慣れていないということもあると思います。だから、意図せず無反応な対応をしてしまって相手に心理的な負荷をかける。これ、本当に無自覚でやっていることが多いですから注意したほうが良いと思います。

 


 



無駄を無駄だとスタッフは気づかないかもしれない【零細企業の人事】

人事系コンサルタントの永江です。
前回の投稿では、「人が足りない!」と感じたときに、もしかしたら仕事の無駄を削ったら人材不足が解消するかもしれない、というようなお話をさせていただきました。では、この、仕事の中にある無駄を従業員=スタッフは分かっているのでしょうか。

みんな一生懸命に働いている

不真面目で怠惰なスタッフが居る場合は実は話が簡単です。その人に指導をし、場合によっては改善が見られないときに辞めてもらうという選択ができます。でも、従業員の一人ひとりが真面目にやっている、あるいは少なくとも個々人の意識としては一生懸命であるときに、無駄があったとしても気づきにくいです。

仮に手待ちの時間帯があってその間の生産がないとします。その場合も、1日とか1週間という全体で真面目に働いているという思いがあれば、やっぱり「自分は一生懸命に真面目にやっている」と感じていると思います。このときの感じ方は、「一生懸命にやっているから無駄などあるはずがない」というものです。これは、無駄があるということがすなわち、自分が悪いことをしているという感覚になるからかもしれませんね。

無駄の把握は淡々と、人を悪者にせずに

「無駄」という言葉に対して、その対象となる人を悪く言うという感覚を持ってしまうのは仕方のないことだと思います。でも、無駄の把握はやっぱり必要です。だから、「あなたの仕事にこういう無駄がある」という指摘にならないように注意するのが良いです。

たとえば、「時間あたりの生産性を向上させたい」とか「手待ち時間に価値をつくりたい」とか、なにがしかポジティブな表現を考えます。具体的な言い方については、企業や現場によって変わるから、上記のものはあくまでも一例です。無駄の把握は淡々と客観的に行うべきであり、そこで人が悪者にならないような配慮をしてみましょう。

 

人は、なにか評価の類の言葉に対して感情をどうしても持ってしまいます。こっちが非感情的に、論理的に、客観的にと思っていても、相手がそうとは限りません。むしろ感情を排除するのはなかなかに難しいです。だから、そのことをアタマに置いておいて、どういう伝え方、表現の仕方がよいか考えることが大切なのではないでしょうか。