自分が使っている言葉の定義は正しいのだろうか?

思考力トレーナーの永江です。

今日は、自分が使っている言葉の定義は正しいのだろうか? というお話。

 

IQとか知能指数という言葉について、
Facebookのお友達の投稿をきっかけにして調べてみました。
ひとつの結論として感じたのは、
少なくとも日本においてはひどく誤解されてしまっているということです。
おそらく私も含めて多くの人が、
単純に「頭の良さ」を表そうとしている、と考えている(いた)でしょう。

あまりたくさんの情報源に当たったわけではありませんが、
そもそもIQが算出される知能検査の目的は「発達の度合い」を測るためにあるようです。
最初から、
いい年齢に達した大人の「アタマの良さ」を測るための計算方法ではないように思います。

その計算方法は、
 「精神年齢 ÷ 生活年齢 × 100」(従来型)
または、
 「(個人の得点 − 同じ年齢集団の平均) ÷([15分の1または16分の1] × 同じ年齢集団の標準偏差) + 100」(偏差知能指数を含む)
だそうです。

なんだか難しそうではありますが、
要するに、計算方法の中に年齢の要素を含んでいたり、
集団の中での相対的な評価だったりするわけです。

また、従来型とされる式に含まれる「精神年齢」という数値ですが、
これまた多くの人に誤解されているようです。
誤解というと言い過ぎかもしれませんが、
学術的な意味で使われるとき、
それは我々が普段の会話で使っているものとは意味が異なります。
「知能年齢」という言い方にしたほうが一般の人には理解しやすいと書かれた説明もありました。
精神性ではなくて、単に知能の発達具合を表現する数値と考えたほうが良さそうです。
IQに関する話をするときにはね。

 

「IQなんて意味ない! これからはEQだ!」という言い方もよく耳にします。
しかし、そもそもIQが評価する範囲が限られているというだけで、
IQに意味がないというのはIQを誤解しているからこその言い方だのように感じられます。
数学のテストの点数は数学の能力だけを評価しますが、
学業において意味のないものではありませんよね。
そういうことです。

範囲が限られているだけです。
その定義を理解したうえで、適切な使いかたはあるはずだと思います。

さて、このように、学術的あるいは専門家的な意味や使われ方が、
一般社会のそれとは異なる言葉は意外と多いのではないかと考えます。
思い当たるところでは「善意の第三者」などがそれです。
「善意」の意味を勘違いされたりします。
こういった言葉は、
専門に勉強している人以外に対しても各種メディアを通じて広がるので注意しましょう。
新しく生まれた言葉なども意味の取り違えに気をつけなくてはいけませんね。

 

我々は言葉によってコミュニケーションを成立させているのですが、
実はその言葉の定義やニュアンスが人によって異なります。
そのすり合わせがされないままに言葉のキャッチボールをしていると、
思わぬところに誤解が生じます。
そしてその誤解は発見されないままに、
お互いが「分かった気になって」やりとりが終了してしまうかもしれません。
気をつけたほうが良いですよ。

ここにこれだけの言葉を並べたから、
読んだ人とは定義の異なる単語もあるかもしれませんね。